(37)楡の会こどもクリニック通信第37号(2021年4月)
2021.04.27

心的外傷により身長の伸びがゆっくりに成ったが挽回した幼児

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楡の会こどもクリニック通信第37号(2021年4月)

心的外傷により
身長の伸びがゆっくりに成ったが
挽回した幼児

石川 あかし

 

(こどもクリニック名誉院長 2021年4月末日で退職)

はじめに

 子どもの身長の伸びは脳の下垂体と言う所から血中に分泌される成長ホルモンが骨に達して骨を伸ばす事に依ります。成長ホルモンは睡眠中に分泌されるので“寝る子は育つ”は正解です。成長ホルモンの分泌は心的ストレスが強く掛かると減ってしまうので身長の伸びのスピードが落ちます。ストレス状態が続くと伸びが止まってしまい背が低く成ってしまう事があり、これを心因性低身長と言います。
 本稿では、2歳過ぎに成って始まるいわゆる第一次反抗期に入った女児に対する母親のしつけ教育がきつく強圧的だったため、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し身長の伸びがゆっくりに成りましたが、“好い事作り療法”によって良く成った子を紹介します。

 初診時2歳11ヵ月女児Aちゃん

 家族は父母と3人です。Aちゃんの2歳の誕生日後、つまりいわゆる第一次反抗期に入ってからAちゃんの強く成った自己主張に対する母の躾がきつく成り、暴言威嚇いかくとお仕置きとしてのお尻叩き(体罰)が始まり、毎日続きました。

 代表的エピソード

 2歳5ヵ月
 Aちゃんが食事を「食べない」と言って駄々ねが続いた折、母は『どうしてママとの約束破るの。食べる約束だったでしょ。ママの事だましたんでしょ、嘘吐き、大っ嫌い』ときつく責め続けました。児が「パパ、来てえ」と助けを求めると、母は『嘘吐きの所にパパは来ません』と怒鳴どなって父の救援を阻止しました。

 2歳9ヵ月
 Aちゃんは食事を「食べない」と言い張りましたが母の説得に応じて食べました。食べた後「ママ食べたよ」「食べた食べた」と何回もアピールしましたが、母は『ママに食べなさいって言われて食べたのは食べた内に入んない、ダラダラ食べたからダメだ』と理不尽にもAちゃんの“ちゃんと食べたよ、偉いでしょ、誉めてっ”アピールを認めないばかりか、2歳の子に向かってひどい屁理屈を言い放ちました。

 経過

 上記2歳9ヵ月のエピソードの数日後
 父と換えのパンツを選んでいた時、急にお尻を押さえながら「お尻痛い、お尻痛い」と繰り返し号泣しました。父は、以前に大便を漏らした際に母に20分も激しくお尻を叩かれた事があった事を思い出し、フラッシュバックだと思いました。
 父はAちゃんは相当追い詰められていると危機感を持ち、その数日後にAちゃんを連れて父方祖父母宅に移りました。

 2歳10ヵ月
 祖母と一緒にファミレスに行き、お子様ランチを食べ始めようとした際、Aちゃんは「残しても良いの?」と訊いて来ましたので、祖母は『全部食べられなくても大丈夫』と励ましました。そのあと「おしっこ」と言うのでトイレに連れて行き戻って席に着くとまた「残しても良いの?」と訊いて来ました。祖母は再度『全部食べなくても良いよ』と言った所、また「おしっこ」と言い出しました。これを数回繰り返し、結局ランチは食べられずに帰宅しました。
 祖母は以前に母と三人で同じファミレスでAちゃんが完食しなかった時、母がひどく怒っていた事を思い出し、嫌だった事をしっかり覚えているAちゃんを不憫ふびんに思いました。
 その後のある日、Aちゃんから大便の臭いがした時、酷くおびえた顔に成って部屋の隅に駆け込みました。祖母が「大丈夫だよ。ばあちゃんは怒らないよ。トイレに行ってパンツ換えよう」と声掛けした所、安心した表情に成って戻って来ました。

 夜驚症

 本児は2歳4ヵ月の頃から寝言、啼泣、歩き廻りの夜驚症を呈し、週に2~3日、一晩に3回の日もありました。
 夜驚症は日中のすごく嫌だった事を夢に見てうなされる結果の症状ですが、2歳9ヶ月の転居後は消失しました。

 診断と治療

 虐待とも言える母のきつい関わりの結果としての心的外傷後ストレス障害(PTSD)、夜驚症と診断しました。
 父と祖父母に受容先行と“安心と我慢の心作り”の“好い事作り療法”をお薦めした所、三人伴に実践意欲を示されました。

その後の経過

 3歳1ヵ月
 急に背が伸びていると祖父が気付きましたので、母子手帳と2歳2ヵ月保育園入園後の記録を基に成長曲線を作りました(以下図)。

vol37_成長曲線表

 尚、図中5本の赤字曲線の内の真ん中の線が女児の平均身長曲線です。真ん中の線の一つ下の線が-1SDの線です。

【註】図はWEB表示用に加工されています。
正式な図表はPDFバージョンでご確認下さい。

 身長の伸びの推移と心の発達

 グラフによれば、1歳以下では-1SD以下でしたが、1歳半では-1SD に伸びました。
 身長の伸びは2歳2ヵ月にゆっくりが始まり、2歳5ヵ月まで明らかでした。これは母のきつく理不尽な躾と体罰のためでした。
 2歳5ヵ月~7ヵ月の伸びが良く成ったのは2歳6ヵ月時に母の暴言暴力が一層ひどく成ったために公的機関の介入を受け、その指導下で母が暴言威嚇いかくお尻叩きを控えていたためです。
 指導終了後は母が元通りきつい態度に成り、その結果2歳7ヵ月からの1ヵ月の伸びは1mmしかありませんでした。
 祖父母宅転居後3歳1ヵ月までは順調に伸びましたが、3歳1ヵ月~2ヵ月は伸びがややゆっくりに成ったのは転居後初めてした3時間の母子面会が強いストレスと成ったためと思われました。因みに、その夜には夜驚症が再発しました。
 3歳3ヵ月時の伸びの回復は母に直接会う機会が無かったからです。
 その後、母との面会は月に1回繰り返されましたが、3歳5ヵ月には-1SDの本来の身長に回復しました。これは母との同居が無く、祖父母宅での伸び伸びした生活によって心的外傷の記憶が薄れて来たため、そして“好い事作り療法”によって児に安心と我慢の心が育って来たためと考えられました。

 3歳3ヵ月
 幼稚園で母の日プレゼントとして母の似顔絵をみんなで描いた際、Aちゃんは顔の輪郭を描いた後で顔を真っ赤に塗りつぶして先生にびっくりされました。持ち帰った絵を見た父と祖父母は顔面を塗り潰したのは母へのうらみが相当強い事、心的外傷の深さを物語っていると考え不憫ふびんに思いました。

 3歳7ヵ月
 3歳5ヵ月以降、PTSD症状も夜驚症も無く、身長も順調に伸びています(図)。

 3歳9ヵ月
 1年振りに母との同居を再開しました。

 4歳2ヵ月
 母は児へのきつい関わりを控えられるように成り、児に精神身体症状の再発はありません。

 5歳
 伸び伸び育っています。

 考察

 ストレスを強く受ける事によって精神症状が出現する場合を神経症、身体症状が出る場合を心身症と称し、伴に心因性疾患と称します。
 PTSDは子どもでも大人でも罹患した場合はストレス発生から症状出現までの期間つまり潜伏期は長短様々です。
 子どもの夜驚症の潜伏期は短く、ストレスを受けたその日の夜に多く出現します。
 心因性の成長ホルモン分泌低下もストレス発生後の潜伏期は短いです。
 本児でも2歳9ヵ月の「お尻痛い」号泣、2歳10ヵ月ファミレスでの「残しても良いの?」とトイレ通いと便失禁時のおびえのPTSD症状出現までの潜伏期は長短様々でした。
 一方、夜驚症は父子転居後4ヵ月での母子面会のその夜に再発し潜伏期はたいへん短く、身長の伸びのゆっくりさ出現も潜伏期は短期でした。
 身長の伸びがゆっくりに成った期間は、2歳2~5ヵ月の母のきつい関わりが始まり公的機関の介入によって生じたきつい関わりの減少までの期間、2歳7~8ヵ月の介入解除後のきつい関わりの再現から父子転居までの期間、3歳1~2ヵ月の転居後最初の母子面会後の期間の三つでしたので、母親がストレス源であった事は明らかでありましょう。

 さて、本児がPTSDと夜驚症の精神症状に加えて身体疾患である身長の伸びのゆっくりさをも呈したのは何故でしょうか。
 父方祖父母によると、母は感情不安定で怒りっぽく、人の言葉を悪意に取る傾向がある一方過剰な賞賛を求める人。また母子心中をほのめかすなど起伏の大きい性格との事でした。これは自己中心性がかなり強い事を示唆しています。
 一方、児には3歳1ヵ月時、振り廻していたかごそばの人に当たった際「篭が悪い。篭が勝手に飛んで行った」と言ってがんとして謝らなかったエピソードがあり、また、3歳3ヵ月時、母の似顔絵を真っ赤に塗りつぶした件は、江戸時代の人がした藁人形を木の幹に五寸釘で打ち付ける恨みの晴らし方を3歳に成りたてでした事に成りますので、児も相当我が強いつまり自己中心性が強い性格である事が窺われました。
 我の強い者同士の母子がガチンコ勝負で我を張り合えば、2歳の子に勝ち目はなく、屈した時の児は我が強いがゆえに相当の心理的ダメージを受けていたと考えられましょう。

 母子再同居後に母のきつい関り方が再発していない要因は、児が祖父母宅で過ごした1年間に児に安心の心が充分醸成じょうせいされた事と通常は4歳児が身に付ける我慢の心が4歳未満3歳代の早めに育まれたため母への抵抗が減った事の二つが考えられました。
一方、母は1年間の言わば冷却期間を置けたので児に対して受容的対応が取れる様に成ったからと思われました。

 児童虐待予防策について

 近年、虐待件数は増え続けています。何故でありましょうか。筆者の考えは以下です。
 児童虐待を引き起こす根源は禁止ダメ出し先行の躾教育思想と「言う事を聴かない子は叩いて矯正きょうせいしてやる」と言う体罰思想にあると言えましょう。
 ですから、この点への対策は、言うまでもなく、受容先行の“好い事作り療法”の子育て思想の普及であります。