楽ちん子育て講座
楡の会こどもクリニック通信第30号(2016年3月)
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楽ちん子育て講座
~蘭越町教育委員会楽習誌No.254~62掲載文~
石川 丹
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その① 子どもは天邪鬼(あまのじゃく)
恰も子育てが楽ちんの様に連想させる“喰わしておけば子は育つ”や“親は無くとも子は育つ”は高度経済成長時代以前の親の後ろめたさを表した苦渋の言葉です。と言うのは、当時の家庭では父は外で稼ぐのに大変、母は内で電化製品が無かったため掃除洗濯料理など家事に忙しく、子どもを手塩に掛ける時間が無かったからです。
大河ドラマ“花燃ゆ”の中で高杉晋作の妻は「子どもは言う事を聞かない天邪鬼」と言い放っていました。人に逆らい意地を張る者を天邪鬼と言います。人間誰でも本音はやりたい事しかやりたくないものです。大人は我慢が出来ますからやらねばならないやりたくない事もしますが、子どもは我慢が未熟ですから本音通りの行動が目立ちます。だから、天邪鬼と言われる子どもを分別の分かった大人に育て上げるのは物凄く大変な事なのです。
乳幼児は誰でも感情のままに喜怒哀楽を表し欲求のまま行動しますから一番の天邪鬼と言えます。第一次反抗期と言うのは子どもの立場からすれば自己主張が高まる時期ですが、親にとって都合が悪い事が増えるので反抗期と言うのです。都合が悪いのはこの時期の子は誰でも妥協を知らず折り合うのに時間が掛かるからです。その間に親は梃子摺り感が高じます。折り合えるようになるのはどんな子でも4歳以降ですが、我の強い子ではそれが遅れ、親は困った感を感じる期間が長く成って「いつまでも我が儘で困るんだよっ!」と嘆きと焦りが募ります。
コミュニケーションとは駆け引き交渉我慢妥協を介した人と人との分かり合いです。我慢とは自己説得です。大人は「こっちがダメならあっちがあるさ」と自分に言い聞かせて妥協できます。妥協とはお互い自分の望みを幾らか減らして両者ともにまずまずの満足を得る事ですから、コミュニケーションにはお互いの顔の立て合いっこ、相互尊重が含まれます。お互いに「こっちの気持ちは分かってもらえてるな」感が生じないと成立しません。
子どもに躾や教育をしようとする親に“~させる教え込む”意識が生じるのは普通ですが、こういう意識は親子間の上下関係を示唆します。子どもに衣食住を保障するのは親の役目ですから親の方が優位になりますが、親子と言えども人間としては対等ですから、親子の間でも“広く議論を興し万機公論に決すべし”を行い、“和を以って貴しと為す”を図る、つまり民主主義をする事が何よりも大切です。
子育てを楽習するには子育ては手間暇掛かるのが当たり前なんだと先ずは開き直り、だからじっくり手塩に掛けて大事に育てようと思うのが何よりです。
日本の伝統的躾教育ではダメ出し先行禁止先行が普通で「~してはいけない」を教えようとしますが、本連載講座で順次述べるじっくり手塩に掛けて育てる楽ちん子育て心理療法とは、先ずは「君の気持ちは分ってるよ」を子に伝えてその後で「~したら良いんだよ」と教え諭す方法です。
その② “図星を言う”“図星を言ってから叱る”が「楽ちん子育て」への近道
人と人とのコミュニケーションが上手く行くにはお互いが「相手はこっちを分かってくれてるんだ」と思う事が必須です。「分かってくれてるんだから良い人だ、信用できる。だから言う事をよく聞こう」という意欲、“聞く耳”がコミュニケーションを推進します。
「あんたねえ、俺の言う事分かってないんじゃないの」と思ったら誰でもコミュニケーション意欲は減ります。「何回言っても言う事聞かない」と焦躁して小児精神科を受診して来る親御さんは沢山居ます。
共感とは同じように感じる事ですが、相手も自分と同じ思いをしている事が分かっている事、お互いの“分かってもらえてる感”が共感の原動力です。
子どもは相手の仕草、目の色、延いては雰囲気つまり空気を読む事が大人より未熟です。ですから、親は子の心をどう把握しているか言葉に出して伝える事が必要です。ズバリ“図星を言う”をして子どもに「ああ、お母さんは私の気持ちを分かってくれてるんだ、だから言う事を聞こう」という思いを作ってコミュニケーション意欲を育てるのが大切です。
例えば子どもが泣いて入る時、悔しそうだったら「悔しいんだ」、嬉しそうだったら「嬉しいんだ」、怒ってたら「怒ってるんだ」と心を言い当てられたら、子どもは「お父さんは僕の気持ちが分かってるんだ」と思って安心し親への信頼を増します。
癇癪起こしたら「怒りたいんだ」、お菓子をもらえなくて泣いてたら「お菓子食べたいんだよね」、外に出たいと言って愚図ったら「お外行きたいんだ」、楽しんでいたら「楽しい楽しい」と声掛けするのが“図星を言う”です。言わずもがなの事を一々言うのが子どもへの“噛んで含めるように教え諭す”教育なのです。
赤の他人に図星を言われたら恥ずかしくなる事もありますが、近親者、愛している人に図星を言われたら誰でも良い気持ちに成ります。子どもの場合、親、取り分け母親に図星を言われたら子は安心感信頼感を一層感じる事に成ります。何てったって子は母のお腹から出て来た人間で、母を求めて三千里の心を持って母を慕っている存在ですから。
「君の気持ちは分かるよ、~したら良いよ」を子に伝えるのが心理療法に基づいた躾・教育です。ですから、図星を言ってから叱って下さい。「お片付けして」と言っても片付けなければ「片付けたくないんだ、もっと遊びたいんだ」と言ってからもう一度「片付けてね」と言うとサッと片付けてしまう子は沢山居ます。
石を投げてる子が居たら「投げたいんだ、地面に向けて投げよう(=落とそう)」、走り出したら「走りたいんだ、ここに居て」、怒って叩いて来たら「叩きたいんだ、優しく撫でてね」、登校を渋ったら「学校行きたくないんだ、頑張ろう」と“図星を言ってから叱る”をして下さい。
叱るとは教え諭す事、楽ちん子育ては子どもにして欲しい大人にも子どもにも好ましい事を示し教えられれば実現するのです。
その③ 我慢作り、よい子意識、「良い子の○○に成ったね、変身できたね」
大人として生きる、とは自分の心を外側から観察しつつ自分で自分を操縦する事です。
人間誰でもやりたい事をやりたいという欲求を持っていて、思い通りにやれたら誰でも満足至極です。でも大人は一人一人がやりたい事をしたら諍いが絶えず世の中が成り立たなくなるのを知っているので我慢を知っています
我慢とは何でしょう。我慢とは自分で自分に言い聞かせる事、つまり自己説得です。例えば、法律違反をした警察官は警察官であるにも拘らず心の中の善玉が悪玉に負けてしまった、つまり我慢が出来なかったと説明できます。
こう考えると、子どもは自分のやりたい事を意の儘にやろうとする大人に取っては羨ましい存在と言う事になりましょう。子どもを天邪鬼と言う場合はこの羨ましさの裏返しと言えましょう。
大人が社会生活をしている時、例えば会社にいる時その殆どはエエカッコし、良い子ぶりでいる筈です。上司に胡麻掏り、同僚にお世辞の気配りで演技の連続ですから良い子意識の徹底行使です。ですから良い子意識は“和を以って貴しと為す”ためには非常に重要なのです。
ではどうしたら子どもの心の中に自己説得、我慢、良い子意識を育てられるのでしょうか。子どもを褒める時「良い子だね」ではなく、「良い子の○○に成ったね、良い子に変身できたね」と「に」「成る」「変身」を強調して言い聞かせると、子の心に「良い子に成ってるか成ってないか」の自問自答が育ち、「褒めて貰いたいから良い子やんなきゃ」と言う意欲つまり良い子意識が育ちます
子どもを怒る時叱る時は頭ごなしではなく、「あれっ、良い子の○○どこ行ったあ。良い子の○○に成ってるかな?」と茶化すように言って子の心に『えっ俺って良い子に成ってないの?何で?』と我が身を振り返る気持ちが生じるように仕掛けると、聞く耳が育つのでそこで叱るつまり教え諭すとちゃんと親の説教を聞くように成ります。こうして親の言う事を聞く機会が増えると親は楽ちん子育てになります。
「良い子の○○どこ行ったあ」と言うと『良い子の○○あっちで寝てる』とか言って怒られるのを回避しようとする頭の良い子もいます。そういう場合は「良い子の○○起こしておいで」と言ってちょっと間を置いて「起きて来たみたいだね」と言ってから、「~してね」と諭すのが的を射たやり方です。
自ら「良い子に成ったよ」とアピールして褒めて貰おうとしたり、怒られそうな時に「良い子に成ってるよ」と言い訳したりする子も現れます。そう言う場合は「良い子やんなきゃ」意欲が育った証拠と言えましょう。
大きい子には「かっこ良い男に成ったね」「素敵な女の子に成ったね」が良いでしょう。
その④ “二つ先のアナウンス”“カウントダウン”“オッケーの声掛け”
落ち着きなくチョロチョロして勝手に行動すると映る子には普段から“二つ先のアナウンス”をすると段々言う事を聞くように成ります。例えば「出掛けるから玄関に行って靴履いて」と告げ、玄関に着いたら「靴履いたらドア開けてね」、靴を履き終わった頃「ドア開けたら車に行くよ」、外に出たら「車はママの隣りだよ」、車のドア開けたら「乗ったらシーベルと締めてね」・・・と二つ先の行動予定を順繰り順繰り子どもに伝えます。そうすると親が言うアナウンスに5割の確率で乗って来ます。こちらのアナウンスに子どもが乗って来るのが増えたら親として良い気持ちに成り、子どもは親のアナウンスに乗れば怒られるのが少なくなるのが分かって言う事を聞く気が増えるので、親は子供が聞き訳良くなったと思うのが増えます。子どもが勝手に動いてからダメ出しするのは子どもからすれば後出しジャンケンされてるのと同じですから反発心が芽生えて来ますが、親の行動予定を事前アナウンスして親の思惑に嵌めれば言う事聞かなくて困ると言う思いは薄れて親もストレスが減ります。
子どもが勝手な事をし始めた時「止めて」と言って直ぐ止めてくれれば親のストレスはそうでもないですが、言う事聞かない時はこちらも苛々してどうしても言う事を聞かせたく成りますが強制すればするほど言う事聞かなくなるのは天邪鬼と言われる子どもでは決して珍しい事ではありません。子どもが言う事を聞かなければ取り敢えず子どもの顔を立て子どもがするに任せて「後3回したら次だよ。3回もできるんだよ、3回も沢山で良いね」と「も」を強調して言いつつ「後2回」「後1回」とカウントダウンし、「ほおら3回もやったもんね、沢山やったから次だよね」と言って達成感が湧き上がるように煽てる事によって言う事を聞くように導く事は可能です。ダメダメ言われてたらやってても中々達成感満足感は生まれませんが、沢山煽てられればその気になるものです。
落ち着き無い、言う事聞かないなど子育てに難渋していて褒め上手に成れてないと焦躁している親御さんには“オッケーの声掛け”を薦めています。日本人が人を褒めようとする時は「物凄くよく出来たな」と思う時ですから、日頃「困ったもんだ」と思っている子にはどうしても褒めるのが少なくなるのです。そこで子どもがいつものように当たり前の好ましい行動をしたら、例えばいつものようにトイレの後に手を洗ったら「オッケーそれで良いよ」と小まめに声掛けします。そうすると子どもの心中には「ママが良いって言った、僕良いんだって」と認められた感延いては褒められた感が湧き上がり、親は褒め上手に成れた事に成ります。子どもは更に自信がついて「また今度もちゃんとやろう」という意欲が育って“良い子”に成って行きます。
その⑤ 楡の会こどもクリニックを受診して良くなった子ら
本講座で4回に渡って述べた問題解決方法を各児の事情に合わせて親子同席で「~~したら良くなりますよ」とお薦めした結果、上手く行った子の内の9人を紹介します。
1.3歳N君は保育園でじっとしていない順番が待てない、注意を聞けない、友達を舐めたり押したり相手が嫌がっても止めない、と。2ヵ月後、落ち着いて来たが、他の子に砂を掛けたのが1回ありました。3ヵ月後、都合が悪いと泣き真似します。4ヵ月後、凄く良くなりました。
2.4歳B君は言う事を聞かない、癇癪、ストーブにお茶を掛けたりガスコンロを弄って小火を出したりとんでもない事をする、と。1ヵ月後、母は「言う事を聞いて貰わなきゃいけない時に図星を言うと聞き訳良くなります。『魔法の言葉』として使っています」と述べました。
3.4歳Kちゃんは掃除機の音を怖がり泣いて逃げるように成りました。排気口に好きな風船を括り付けたら風船と戯れて大丈夫に成りました。
4. 5歳K君は落ち着きなく言う事を聞かないでしたい事をして決まりを守れません。2週後、母は「翌日から違いました。図星を言ったら言う事を聞きます。“良い子のKはどこ?”の効果が凄く出ました。『僕は良い子に成れてない』と泣いて反省します」と述べました。
5.7歳S君は教室で立ち歩き出て行っちゃう、廊下で寝っ転ぶ、注意されると暴言暴力が出ます。1ヵ月後、”図星を言う”をしたら物に当たるように成り暴力は減りました。2ヵ月後、席に座っていられ逆ギレはなくなり先生の指示にも従うように成りました。
6.8歳Aさんは座っていても常に動いている、いたずら、人の物を無断で使う、との事。音楽室の木の椅子の時に特に酷いとの事で先生に座布団使用の許可を求めるように母に薦めました。座布団に座ってから落ち着き、迷惑行動も無くなりました。
7.8歳のY君は毎朝過呼吸になり身体が震え歩けなくなりますが2時間経つと登校できます。3週間後には普通に登校出来るように成り、半年後も大丈夫です。
8.11歳K君、学校で下ネタ発言が多く先生から電話が来ました。「下ネタ・タイムを作って定期的に母が聞くようにして下さい」と提案しました。1ヵ月後、家で5分間タイムと称して下ネタをしゃべって良い習慣を作ったところ、学校では言わなくなりました。
9.15歳男子は気に入らないと直ぐ「ぶっ殺す」「死ね」と暴言を吐き暴れます。母が“図星を言う”“かっこ良い男に成ったね”に意欲を示して2ヵ月後、不貞腐れは減り素直さが出て来、自分を諫めている様子も見られるようになりました。5ヵ月後、中学校を卒業して農場で大人に交じってちゃんと働いています。