攻撃から指導への発達 石川 丹
楡の会発達研究センター報告44(2020年3月)
攻撃から指導への発達
石川 丹
目次
I.要旨
II.初めに
III.攻撃が指導に変わる事はあるのだろうか
IV.攻撃行動への“好い事作り心理療法”
V.人の面倒を見る指導をするように成って乱暴攻撃が消失した14人の紹介
VI.14人に関する考察
VII.攻撃とは
VIII.人が攻撃行動するのは何故か
IX.新たな心理療法
X.暴力に頼らない躾教育“好い事作り療法”
XI.終わりに
I.要旨
乱暴が目立ったが、人の面倒を見る行為、人に教えて上げる行為、をするように成ってから乱暴しなく成った14人を紹介した。
攻撃行動が指導行為に変わるのは攻撃意識には指導意識も混在しているため、と考察した。
攻撃から指導への発達がある事が判明した事から乱暴な子への新たな心理療法技法を以下のように考案した。
乱暴な子に対して、人の面倒を見る場面、手伝って貰う場面、人に教えて上げる場面を意図的に設定し、児がその行為をしたく成るように大いに煽てて促す。
実践した児には「お陰で出来るように成ったよ」「大いに助かったよ」「教えてくれてありがとう」などと言って大袈裟にお礼を言って誉め、児の心中に「面倒見てやった」「手伝って上げた」「教えて上げたぞう」「良い事して上げたんだ」「僕(私)って出来るんだ」の達成感、満足感、ドヤ顔意識、自尊心、自信を作る。
以上の手続きで攻撃行動に内在する指導意識の顕在化を図れば、困った攻撃行動を消失せしめ、好ましい行動つまり愛他行動に変える事が出来る。
II.初めに
筆者の小児精神科診療経験からは子どもが乱暴攻撃行動を取る時の心のあり方は以下の四つに分類される。
1) 思い通り行かない時の憂さ晴らしとして。
2) 癇癪怒り情動に任せて。
3) 「やっつけてやる」「苛めてやる」意識を以って相手を貶め見下そうとして。
4) 「面倒見る」「教えて上げる」意識を以って指導している積りで。
発達視点から見ると、憂さ晴らし癇癪は幼児に多く、貶め見下そうとする場合は学童に多く、指導意識に基づく場合は子どものみならず大人でもある。
4番目の指導意識に基づく場合は、幼児では決まりを守らない子、先生の言う事を聞かない子を叩きに行く形で、そういう子の心は美少女戦士セーラームーンの決め台詞「月に代わってお仕置きよ」に準えれば「先生に代わってお仕置きよ」である。
大人では「言って分からなければ叩いて教えてやる」意識に基づくスポーツ運動部指導者による扱き体罰と子どもを虐待死させた人の言い訳「躾の積りだった」である。
心は指導だが行動は攻撃の迷惑千万非常に困った行動である。
III.攻撃が指導に変わる事はあるのだろうか
指導の積りが攻撃に成ってしまう場合は攻撃行動の中に指導意識が内在している事に成ろう。
攻撃に指導が潜んでいるとするなら、攻撃を繰り返す内に潜んでいる指導性が顕在化して指導意識が優位に成れば、攻撃意識は減退して攻撃行動が指導行為に取って代わる事はあり得るだろう、との仮説が成り立つ。
この仮説の検証のために、乱暴を心配され困られて通院していた子の診療録(カルテ)を読み直す形で調査研究をした。
尚、筆者は「月に代わってお仕置きよ」のセーラームーン精神を発揮する子の親に対しては、「『規則を守らない子、先生の言う事を聞かない子がいたら、先生に教えて上げてね』と子どもに言い聞かせて下さい」と子どもの“教えて上げる意識”つまり指導意識を育むようにお薦めしている。
「先生に代わってお仕置きよ」行動には好ましい面倒見意識が含まれているのだが、乱暴行為は好ましくないため先生に怒られて折角の善意は頓挫する。しかし、先生に報告すれば指導する立場の先生が注意する形に成るので子どもの善意は実現する。
筆者らの世代は小学生の頃、良からぬ事をする子を見たら「行っけないんだ、行けないんだ。先生に言ってやろっ」と言って諫めようとしたが、この言い方は「ちくってやるぞお」と脅す雰囲気もあるので好ましくない面がある事は指摘して置きたい。
IV.攻撃行動への“好い事作り心理療法”1~4,9,10)
筆者が提唱している受容先行と子どもにとって好ましい手本の提示を根本とする“好い事作り心理療法”の内の乱暴な子への対応としての“分かってもらえてる感作り・聞く耳作り・真似し易い手本提示・安心作り・良い子意識育て・我慢分別作り・自己説得の言語能力育て”などについては拙著「子育て親育ち読本I、II、III.」1)と楡の会ホームページの発達研究センター報告38:“安心作り”で良く成った神経症・心身症の子ら31人、同40:自由奔放傍若無人だったけれど我慢できる良い子に成れた子36人、こどもクリニック通信33:我慢分別を心を育むための良い子意識の育ち、同34:“図星を言う・図星を言ってから叱る”の効果が早かった親子146組、を参照されたい。
V.人の面倒を見る指導をするように成って乱暴攻撃が消失した14人の紹介
以下はカルテの記載からの抜粋である。が、その時々の状況に応じて親に説明した心理療法の全ては記述し切れていない事を予め記す。
1.1歳11ヵ月男児R君
思い通りに成らないと発狂したように大声を出して騒ぎ、止めようとすると叩いて来る。母には“二つ先のアナウンス・二つ手前からのアナウンス・図星を言う・図星を言って
叱る” 1~4)を説明した。
2週後:暴れたり発狂したように成るのは10から7に減った。「痛い」「歌ってね」と寝言を言うように成った。暴れるのは憂さ晴らしでそれが寝言に変化したのはこの子が成長した証し、と母に説明した。
2歳6ヵ月:ふざけて母を叩く。他児には叩く仕草をする。
2歳7ヵ月:母が泣いた振りをするとティッシューを渡してくれる。「お母さんが走るなって言ったでしょ」と母を揶揄しながら走る。
2歳8ヵ月:前ほど「ワーッ」と成らない。
2歳11ヵ月:「自分は悪い子」「ママごめんなさい」などと言う。
3歳2ヵ月:具合悪そうにしている母に「ママは寝てなさい」と言った。
3歳5ヵ月:縫いぐるみに向かって「立って物を食べてはいけません」と指導したり、木の動物を並べて「並んで下さい」と先生に成る。不機嫌がぐっと減り、物を投げるなど乱暴は無い。
3歳7ヵ月:愚図っても説得に応じて「ご免なさい」を言える。母は「9割は普通の子に成った」と述べた。
2.2歳3ヵ月男児K君
人を見たらスーッと行って髪を引ったり叩く蹴る、赤ちゃんを抓って泣くとジッと反応を見ている、自分が使いたい物を兄(8歳)が触ると手が出たり物を投げつける。
母には“図星を言う・図星を言ってから叱る・優しく引っ張ろうねの声掛け”1~4)を説明した。
2歳4ヵ月:乱暴する時に「構いたかったね」と図星を言いながら手を抑えると止める事がある。
2歳5ヵ月:他児へのちょっかい出しは減り、髪の毛を引っ張る時に図星を言うとしない事がある。「これから悪い事するぞ」と言う顔付きをしてからするとの事で“良い子のKに成ったね・良い子のKどこ行った” 1~4)をお薦めした。
2歳6ヵ月:祖母に悪戯しそうな時「良い子のKどこ行った?」と言うとハッとする事がある。デイサービスの仲良しには物を貸せる。
2歳10ヵ月:横入りした子を叩いた。お友達に「もう暗く成るから直ぐ帰んなさい」と指導したり、泣いてる妹に「ママ来るから大丈夫だよ」と慰め励ました。
2歳11ヵ月:小さい子を叩いて「ああやっちゃった」という顔をしたり、謝れるように成った。
3歳1ヵ月:玩具を取られそうに成っても手が出ず「こっち来ないでね」と諭した。
3歳4ヵ月:嫌な事をされると「止めて」と言いつつ叩いちゃう事もある。
3歳7ヵ月:小さい子が居ると避けて「Kは叩かないよ」と言って乱暴は減った。
3歳10ヵ月:ジュースの入ったコップを投げたので質すと「ママに構って欲しかった」と殊勝に言い訳した。叩いた後「この手が悪い」と言って外在化1~4)するように成った。
4歳3ヵ月:就園して手を出すのは無い。小さい子の面倒見てると自ら言った。
4歳6ヵ月:運動会で後の子にちょっかい出されても笑っていた。
3.2歳4ヵ月男児T君
落ち着きがない、面白い物を見つけると突進して人にぶつかる、我慢できず癇癪を起こす、しつこい一方変わり身が早い、人の物を直ぐ奪う、割り込む、邪魔する、おもちゃで殴ったり蹴ったりして怪我をさせる、長い物があると「武器」と言ってバチバシ振り回す。
母に“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のTに成ったね・良い子のTどこ?・OKの声掛け・二つ先のアナウンス” 1~4)など説明した。
2歳5ヵ月:「前に受けた説明を思うとこの子に注意や小言が凄く多かった事に気付きました」と母は語った。アイスクリーム食べたいと言い出した時に「~したらね」と言ったら応じたので吃驚、暴力的になるのは変らない。
2歳7ヵ月:母に手が出る前に一瞬考えるよう成った。「バシン(パンチ)するからね」と言ってから叩きに行く事があった。母が「Tは優しいお兄ちゃんだからバシンしないよ」と言うと叩かない事もあった。
2歳8ヵ月:児童デイ集団の中で乱暴は3割減った。フィガーを持って戦いごっこしている内に本気モードに成って母を叩きに来るとの事で「ごっこだよ、叩いたふりだよ、手加減ね」の声掛けをお教えした。
2歳9ヵ月:デイの先生に加減するように成ったと言われたが、知らない子や新しい子にはやっぱり手が出る。
2歳10ヵ月:玩具の取り合いになって相手の顔に爪を立てて血だらけにした。物を持って顔を目掛けて来る時「危ないよ」と言うと止められる事もある。
2歳11ヵ月:児が赤ちゃんを見た時に母が直ぐに「すっごく優しくしようね」と言ったら赤ちゃんを撫でた。
3歳0ヵ月:デイで行儀の悪い子を叩きに行く。お手伝いしてくれたり、プレゼントと言って物を持って来てくれる。
3歳2ヵ月:攻撃は半分に減ったが、後で仕返しする事もある。
3歳3ヵ月:幼稚園の体験入園の時、他児を叩いて泣かせてしまってハッとして「やっちゃったあ」という感じの表情をした。母が「優しいTに成ってね」と言ったら「優しいTはお腹の中で眠ってる」と言い逃れした。お友達に優しく接するのが出て来た。
3歳5ヵ月:乱暴は凄く減って初診時を10とすると2に成った。よくトラブルに成ってた子と仲良く成れてサービスするように成り「可愛いから好き」と言った。
3歳8ヵ月:空想して武器を作った積りに成って「これでやっつけてやる」とか口で言って手を出さないように成った。「僕、こういう夢を見た」と言って「怪獣やっつけた、鬼も出て来た、毒飲ませて殺した」とか言う。過激な事を空想の中に閉じ込められるように成ったので良い事と母を励ました。行けない事をした時「赤ちゃんがしたんだ。僕、猫の赤ちゃんに変身したんだ」と独り言を言っていたので、母が「そうなんだ、赤ちゃんがやったんだ。T猫になったんだ」と言うと「ママも猫になって」と甘えて来た。「悪い心に変身したんだよ、もう良い心に成るから」と言った事もある。
4歳0ヵ月:就園して1ヶ月半経つが、他児を叩くのは無く、寧ろ譲る事が出来る。誰かにやられても我慢している。
4.2歳9ヵ月男児Y君
言葉の遅れがあり、「バ(バナナ)、カーンカーン(踏み切り)、あち(熱い)、いた(痛い)、あれ、あっち、こっち」。ごっこ遊びではレジでお客さん役が出来る。思い通り行かなかったりテンション上がると人を叩いたり噛る。
母に“図星を言う・図星を言って叱る”1~4)を解説した。
2歳10ヵ月:言葉ははっきりして来た。友達におもちゃ取られて叩きに行った。
2歳11ヵ月:デイで貸し借りできるように成った。叩くのが減った。
3歳:母が怒ると癇癪起こしてごにょごにょ言うとの事で、憂さ晴らしが乱暴から言葉に進歩したので良いと説明した。
3歳1ヵ月:Y君独特のY君語1)が増えたが癇癪も増えたとの事で、「Y君がY君語で喋っても通じないのでストレスが増えた所為だから、母はY君語辞書 1)を作ってY君語理解を進めるように」とお話しした。
3歳2ヵ月:日本語単語が増え「かか、これ」と二語文に成った。ごっこ遊びで役を母に指示する。
3歳4ヵ月:妹が自分のおもちゃを取ろうとすると、妹のおもちゃを妹に渡す。「うーん、かか、あぷー」と言って母を叱る。人を叩くのは無い。
3歳5ヵ月:「せんせい、うんち、あったあ」と三語文を発した。
3歳9ヵ月:祖母に向かって「ちゃんとしなさい」と言った。乱暴癇癪は全然無い。
5.3歳4ヵ月女児Yちゃん
妹が泣いたり泣いている子に会うと「そんな事しちゃダメ、泣いたらダメなの、ママが怒るの」と言いながら泣き止むまで叩く。
母にセーラームーン精神と“図星を言う・図星を言って叱る・OKの声掛け”1~4)を説明した。
3歳5ヵ月:お絵描きしている時、妹が邪魔しに行ったので母が「クレヨン貸したら」と言ったら叩かないで貸せた。
3歳6ヵ月:泣いている子に掛かって行くが目付きの鋭さが減った。妹が叩いて来ても我慢している事がある。
3歳7ヵ月:妹を引っ掻いて血が出てから手加減できるようになった。妹を叩きそうになったので、母が「ママを叩いて」と言ったら母に向かった。泣いてる妹に「○○ちゃん、うるさいよ」と注意した。プールで泣いている子を叩いた。母自身が「この子を叩く事があるんです、それを止めたいんですが」と述懐したので、本児のセーラームーン精神の由来は母であると判明した。
3歳8ヵ月:泣いている子を叩いたので質すと「やなの、泣いたらうるさいでしょ、だから叩いた」とこの子成りに説明した。
3歳9ヵ月:友達を突き飛ばした時に母が「ご免なさいね」と図星を言ったら『ご免なさい』と言って逃げた。
3歳10ヵ月:泣いている子を見たら「可哀想だね」と母が声掛けしていた所、叩きに行かなく成った。妹に物を取られても叩かずに「止めて」と諭したり、違う物を渡すように成った。
4歳2ヵ月:就園して3ヵ月。母が「先生の言う事を守れない子、泣いてる子がいたら先生に言いに行ってね」と諭した所、給食を食べられないで泣いてる子を見て「~ちゃん泣いてるから、残して良い?」と先生に言って仲介した。
4歳5ヵ月:先生の言った事をやれない子を手伝ったり、泣いてる子にはティッシューペーパーを渡して面倒見るように成った。乱暴は全く無い。
4歳7ヵ月:妹が大泣きしても「うるさいな」と言うだけだった。
5歳3ヵ月:妹が物を黙ってパッと取った時「取られた子は悲しいと思ってるよ」と諭した。
6.3歳7ヵ月女児Mちゃん
怒りっぽい、些細な事で大声を出す、手が出る、怒られると物を投げる。
母に“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のMちゃんに成ったね・良い子のMちゃんどこ?”1~4)の説明をした。
3歳8ヵ月:大声を出すのは減った。お姉ちゃんらしく成った。
3歳9ヵ月:思い通り行かないと「アーッ」と叫ぶ。
3歳10ヵ月:幼稚園では良い子にしているが、家で妹が泣くと抓ったり叩く。
3歳11ヵ月:幼稚園では凄い良い子にしている事が増えた。家では反動がある。
4歳1ヵ月:年上の子と仲良く遊んでいる。
4歳3ヵ月:出来る事が増えた。大声は偶に出す。
4歳6ヵ月:お絵描きで上手く描けないとグチャグチャにしてしまう。
4歳8ヵ月:久しぶりに小さい子に手が出た。お手伝いしてくれる、料理を手伝ってくれる。下の子に「あっち行って」と諭す事がある。
4歳10ヵ月:手が出るのは殆ど無い。母は「前よりずっと安心に成った」と述べた。
5歳2ヵ月:幼稚園ではとても良い子をしている、仲良しの男の子が一人が出来た。乱暴は無い。
7.4歳1ヵ月女児Aちゃん
1年前から、思い通り行かないと泣いて大暴れする。最近は夜泣き、寝言で「いやだ、いやだ」と言う。
母には“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のAちゃんに成ったね・良い子のAちゃんどこ行った?”1~4)を説明し、寝言を言ったら本人は寝ていても心が落ち着くように会話する方法1)をお教えした。
4歳2ヵ月:暴れた後で「買って欲しいのでグズグズ言ってしまった」と反省した。
4歳3ヵ月:落ち着いて来た。「やあだ」と言葉で直ぐ言うようになった。「やあだ」は言葉による憂さ晴らしだから、母が「『やだあ』なんだ」と鸚鵡返しするのが“図星を言う”に相当すると説いた。
4歳5ヵ月:幼稚園でお友達や下の子の面倒をよく見て、しっかりした子と評価された。「お姉ちゃんだから」とよく言う。
4歳6ヵ月:ゲームセンターで上手く行かなくて景品を欲しがって一暴れした。父が単身赴任で居なく成るとの事で、毎日とか隔日とか時間を決めた定時テレビ電話で父と交流するのが良いとお薦めした。
4歳7ヵ月:11ヵ月の弟におもちゃを貸したり、せっせと面倒見ている
。暴れるのも夜泣きも無い。
8.4歳2ヵ月男児Y君
友達に注意されたり、思い通りに相手が行動しない時、あるいは行き成り、友達を噛む。
隣りに座った子を噛んだ時に理由を訊くと「座って欲しい子じゃなかったから」と言った。祖母が泊まりに来て一緒に寝ようと誘われたが祖母を叩いて拒否した。
父母には“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のYに成ったね・良い子のYどこ?・お話し聞くタイム”1~4)を説明した。
4歳3ヵ月:話し掛けても反応しなかった子の肩を噛んだ。三輪車遊びの時に年少児に追突を繰り返し「止めて」と言った子を引っ掻いた。隣りに座っていた子に「注射します」と言って噛んだ。
諍いの仲裁に入ったが当事者を引っ掻いた。先生に注意されていた子の指を噛んだ。こうしたセーラームーン精神に関しては上述の説明を父母にした。
4歳4ヵ月:人の物を黙って使わないで「貸して」「~君が使ったら貸してね」など交渉するように成った。泣いている子に「大丈夫だよ」と慰めた。
4歳5ヵ月:他害はまだあるが“図星を言ってから叱る”の効果が増えた。
4歳6ヵ月:他児にちょっかい出して先生に「ダメ」と言われた時に鋏を相手の顔近くに向けた。相手が「痛い」と叫ぶと直ぐに「ご免ね」と言える場面が増えた。
4歳7ヵ月:上着を着られず「できない」と繰り返し叫んだ時に「Y君は出来るの知ってるよ、頑張ってみよう」と言って励ましてくれた担任の顔を叩いた。
4歳8ヵ月:新しく入園して来た女児にいろいろやさしく教えた。手が出るのは減った。
4歳10ヵ月:他害はずっと少なく成り、自分の考えが通らない時に「ま、いいか」と言えるように成った。
4歳11ヵ月:嫌な事があっても手が出るのは殆ど無く成った。
5歳4ヵ月:担任に「人間関係は上手く行くように成って手は出ない。ギャロップが上手になり皆の前でお手本に成ってもらった。新入生にお世話し頼りにされてる」と言われた。
5歳8ヵ月:他児と諍いに成っても手は出ない。
9.4歳3ヵ月男児Y君
癇癪、落ち着き無い、不注意、聞き分け無い、危ない事をする、母と下の子を叩く齧る。“図星を言う・良い子のYに成ったね・二つ先のアナウンス”など1~4)の説明に母はよ
く納得した。
4歳4ヵ月:母への乱暴はあるが甘えて来るように成った。“カウントダウン” 1~4)を薦めた。
4歳5ヵ月:保育園で集中するのが増えた。母にへばりついて来て弟を押す。
4歳7ヵ月:下の子に優しくする事が増えた。嫌な事があると耳を塞いで「うるさい」と呟いて我慢が増えた。
4歳8ヵ月:初診時の心配事は半分に減った。
10.4歳3ヵ月男児I君
他児を突き飛ばす、暴言、落ち着き無い、穏やかな注意は効かない。
母には“図星を言う・図星を言って叱る・二つ先のアナウンス・お話しタイム” 1~4)を説いた。
4歳7ヵ月:他人の物を取る、すれ違う時手が出る、ふざけ合っているのを喧嘩と思って
「止めて来る」と言ってスコップで叩いた。母にセーラームーン精神と対応を解説した。
4歳8ヵ月:集団行動では待てるように成った。
4歳9ヵ月:プールで興奮してお友達に突進してぶつかり口の中を切った。座っていない子がいると先生に言いつける、座っていない子に「ちゃんとしなさい」と注意した。
4歳10ヵ月:穏やかに成った。ブロック遊びで前は出来ないと怒っていたが「難しいな」
と言いながら続ける。誘って断られると前は叩いたが「じゃあ~」と言って他の子と遊べるように成った。走っている時に人が居たら除ける。
4歳11ヵ月:「○○が叩いた。ダメだね。でも僕はやらなかった」と言った。
5歳2ヵ月:親友も出来て、攻撃行動は無く成った。
11.5歳0ヵ月 男児H君
言葉の遅れ、「全然音鳴らない」と言って怒る。急に怒りだして父母やお友達を叩く物を投げつける、お友達に怪我させた。
父母に“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のHに成ったね・良い子のHどこ行った?”1~4)を説いた。
5歳1ヵ月:乱暴は半分に減った。
5歳2ヵ月:お友達に玩具を貸せた。小さい子に指導している。
5歳4ヵ月:怒ると大声出すが乱暴は落ち着いている。
5歳5ヵ月:爆発的に言葉が増えて言いたい事を言えて扉が開いたように成った。
5歳6ヵ月:発音はまだ聞き取りにくい所がある。
5歳9ヵ月:大きな問題は無い。
12.5歳0ヵ月男児Y君
落ち着き無い、集中力が無い、癇癪、父母を叩く。
父母に“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のYに成ったね・良い子のYどこ?”を解説した
5歳1ヵ月:母が図星を言うと落ち着く事がある。「明日からお利口さんに成る」「したいけど我慢する」と言う事がある。
5歳3ヵ月:母に頭突きするけど前より早い段階で母の言う事を聞いてくれるように成った。保育園ではとてもお利口にしている。友達が片付けにもたもたしているとスーッと行って一緒に片付ける。仲裁の積りで手が出てしまう事がある。
5歳6ヵ月:プール教室では順番を守らない、自分流でルールを変えてしまう事があるが、先生の言う通りにしない子に注意する。
5歳7ヵ月:音楽教室に行きたいと言って行ったら思ったよりドラムに集中している。
5歳8ヵ月:保育園で友達に手が出るのが無く成ったと言われた。
5歳9ヵ月:「父ちゃんやってよ」と父に頼むのが増えた。
6歳1ヵ月:母を叩くのはあるが保育園では無い。
6歳2ヵ月:問題はない。
13.8歳1ヵ月(小2)男児C君
5歳頃から祖母が来ると「お前がいるとイライラする」「お前なんか帰れ」と暴言を吐き、蹴っていた。5歳7ヵ月には母が精神科に入院、父子は父方祖父母宅に移った。C君は祖母に対して「殺してやる」「早く風呂に入れ、溺れさせてやる」と暴言を吐き暴行した。「僕の事、邪魔だと思ってるんでしょ」「死にたい」などいじけ発言もあった。5歳11ヵ月の時に父母は離婚した。
8歳1ヵ月初診:C君は祖母に乱暴すると「どうしてだか分らないけど、スッキリする」と言うとの事。悪さ行動は逆説的な「もっと僕を愛して」表現である事を父祖父母に説明し、“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のCに成ったね・良い子のCどこ行った?”など1~4)を解説した。因みに、学校では問題ない。
8歳7ヵ月:父は頭ごなしに怒っているのが判明したので再度“図星を言ってから叱る”を事細かく説いた。
8歳11ヵ月:祖母への乱暴は減り、しても穏やかに成った。
9歳2ヵ月~11ヵ月:祖母への乱暴暴言は断続した。包丁を持ち出して「くそ婆ばあ、ぶっ殺してやる」と威嚇したり、「婆ちゃん、やってやろうか」と脅してから蹴り、祖母が痛がると更にする状態だった。
筆者が質すと「婆ちゃんは身体が弱いから苛め易い」と答えた。
父が説教するとその後で祖母に向かって「婆ちゃんは居ないのが一番良い」と嘯きながら乱暴するとの事でC君は“江戸の仇を長崎で討つ”をしているのが分かった。ために父は受容先行の“図星を言ってから叱る”に徹していない事が窺われた。
10歳2ヵ月:4年生に成って学校で習った事を祖父母に教えたがるように成った。C君が祖父母に「このプリントやって」とか言って来たら祖父母は素直に言う事を聞いて授業を受ける形にしている内に、祖母への暴言乱暴が無く成った。
10歳5ヵ月:祖母への当たりは少し増えた。
10歳8ヵ月:大きな黒板が欲しいと言うので購入した所、黒板を使って祖父母に授業をして祖母への乱暴は再び消失した
10歳11ヵ月:「ストレス溜まる、ガーッとやりたい」と言うが手足は出ない。
11歳8ヵ月:祖父母と別居。放課後は祖父母宅に行って漢字を教えたり、玄関前の除雪をして上げている。祖母をからかう程度はある。
11歳11ヵ月:父再婚。義母とは和やかにやれてる。
12歳9ヵ月(小6):偶に会う祖父母には優しくしている。
14.11歳6ヵ月(小5)男児A君
3歳の頃から走り回る、切り替えが大変などがあった。8歳過ぎに級友に怪我をさせて児童精神科通院と成った。9歳(小3)で支援級に移ったが、ちょっとした事で暴言乱暴、待てない、地下鉄でもどこでも直ぐキレる、学校は思いのままに遅刻早退、が続いた。9歳8ヵ月には通行人とトラブって大暴れし警察沙汰に成った。11歳に成って診察室で医師や看護師に物を投げる、パソコンを乱暴に弄るなどを繰り返して通院を拒否された。
11歳6ヵ月初診:本人は「やだあ」と言って廊下のソファーから動かず入室しないのでドアを開けたまま母と面談を始めた。しばらくして入室し筆者の後に廻り頭を叩き始めたので筆者は「止めて」は言わずに叩くに任せ、5~6回叩いた所で振り返った所、児はハッとして逃走した。その後はロビーで看護師が付き添った。
母には筆者が「止めて」と言わなかったのは叩く行為が筆者への試し行動だったからと説明し、“図星を言う・図星を言って叱る・良い子のAに成ったね・良い子のAどこ行った?・OKの声掛け・やっても無害の憂さ晴らし作り”1~4)を解説した
11歳8ヵ月:本人は入室せず。「良い子に成れたね」と言われる回数を気にするように成ったとの事で、母には母が「良い子に成れたね」と言えた回数、児にとっては誉められた回数を壁に貼ったグラフに毎日記入して視覚化し、自分の好ましかった行為を振り返り易くして“どや顔意識”自尊心を高める認知療法をお薦めした。
11歳10ヵ月(6年生):ゲームをしながら入室した。学校に居る時間が長く成り、問題行動は2割方減った。年少の子の面倒を見る行為が増えた。
母には面倒見行動が増えると乱暴が減る筈なので親が下手に出て、例えば「ママこれ苦手、だからやって」と言って児に“やってやる意識”と「やってやったぞ」の“ドヤ顔意識”つまり満足感達成感を醸成するように、と提案した。
チック、夜中の夢中遊行、ブツブツ呟いたり「イライラする」と言うのが増えたとの事で、「これら三つは穏便なストレス発散憂さ晴らし行動なので追い追い派手な憂さ晴らしである乱暴は減るでしょう」と母に解説した。
12歳:人に悪態吐くのが減って愛想が良いのが増えた。母と一緒に動物園に行った時、A君が台に乗って見ていた所にお婆さんが来て台に乗ろうとした時、A君は「俺の場所だ」と言って譲らなかった。しかし、お婆さんが優しく「お婆ちゃんにも見せてね、お願いね」と言うと譲ってお婆さんが上がれる場所を作った。
12歳2ヵ月:手が出るのが減り、学校はフルタイム居られるように成った。
12歳4ヵ月:癇癪も手が出るのも無く成った。
12歳6ヵ月:文句を言う、悪態を吐くのが少し増えた。
12歳8ヵ月:よく「疲れた」と言うが問題なく登校している。母には「疲れた」は言葉による憂さ晴らしであると説明した。
12歳10ヵ月:中学生に成ったが問題は無い。
VI.14人に関する考察
1.愛他行動の出現
多くの子は1歳を過ぎると、お腹を痛がっている人のお腹を撫でる、親や大人に物を上げる等の愛他行動をするように成る。
1歳半を過ぎると頼まれた物を持って来るなど簡単な手伝いをする。
2歳半には年下の子の世話を焼きたがって食べさせようとする、苦しむ人に慰めの言葉を掛ける、母親の家事を手伝う。
3歳半を過ぎれば、年少ないし同年の面倒をしっかり見るように成る。
2.愛他行動と謙譲精神
愛他行動は普通の子の場合は4歳には可能に成る。社会的行動の場面である保育園幼稚園では年中に成れば年少の面倒を見る機会が増えるからである。
また、2~3歳の頃の過剰な自己主張は我慢の育ちと反比例して減じ、4歳に成った頃から我慢の心が発達して、自己説得、自己制御、分別、交渉、妥協が可能と成り、コミュニケーション、つまり駆け引き、“押してダメなら引いて見な”の世渡りが上手に成る。
コミュニケーションはざっくばらんに言えば顔の立て合いっこ、恩の売り合いっこである。日本人の美徳は謙譲精神で相手の顔を先に立てる事にあり、換言すれば、恩を売る、が先である。
今年の東京オリンピック誘致は“おもてなし”で達成した。“おもてなし”は自らが先に引いて相手の顔を先に立てる謙譲精神を表す言葉である。
謙譲精神と愛他行動は表裏一体である。恩を受けたら恩返しの気持ちが出るのが人間の普通の意識である。
恩返しと言う概念は、子どもは3歳の頃から絵本の「鶴の恩返し」「金の斧、銀の斧」を読み聞かされ且つ読んでいるので記憶されている。だから、恩を売られた事に気付けば恩返しの心情は湧き上がり、愛他行動は促進される。
4歳過ぎて3歳未満の時に面倒を見て貰った記憶が思い起こされれば、恩返しの気持ちが湧き上がらなくても言わば無意識に年下の子の面倒を見るように成ると言う解釈は妥当である。
余談であるが、20年程前から結婚披露宴の終わりに新郎新婦がステージ上で父母に感謝の言葉を述べるように成ったのは“恩に着る”の公表である。嘗ては式場に行く前に家で親への礼が語られる形での私事であったが日本文化の今日の派手化現象の一つであろう。
乱暴な子は我の量が多いために我を強く張るので自己主張行動が派手に成る。そのために我を引く我慢と相手を先に譲る謙譲の心の発達が遅れるのである。
相手を尊重する行為である面倒見行動や指導行為を育てれば過剰な自己主張である攻撃行動を抑制できる。
3.13人目のC君について
C君の特徴は、他の子では面倒見指導行為の対象は必ずしも決まっていなかったのに比べて、攻撃ターゲットその人へ指導であった点である。
これはC君が年長であったためと思われる。と言うのは子どもの攻撃行動は幼児年少学童では怒り感情に任せての行動なので周りの手近な人に向かう。年長学童に成ると「やっつけてやる」意識に基づく意図的攻撃に成長するのでターゲットを決めて実行する事が多く成る。だから、C君は攻撃に取って代わった指導でもターゲットが同じであったのである。。
大人による子どもへの体罰はターゲットが決まっている場合が多い。子どもを自殺に追い込んだり、虐待死させてしまうのは執拗に繰り返されるからであり、繰り返されるのは体罰攻撃する人にとっては攻撃し易い対象と映るのが要因の一つだからであろう。
C君が「婆ちゃんは身体が弱いから苛め易い」と言ったのは象徴的であった。
祖父母がC君の授業を素直に受ける形、つまり下手に出る形に徹した事でC君の心中に満足感と自尊心を高められ、その結果攻撃の消失に至ったと考える事が出来よう。
VII. 攻撃とは
1.人間の社会的行動は三つに分けられる1)。
第一は向社会的行動で十七条憲法の“和を以って貴しと為す”、人と和む、親切にする、面倒を見る、教え諭すつまり叱る、指導する、で愛他行動とも言う。
第二は非社会的行動で登校拒否あるいは学校恐怖の不登校、我が道を行く、孤独を愛し集団に馴染めない、引き籠り。
第三は反社会的行動で社会に有害な行動、暴力、攻撃、犯罪。
2.攻撃行動は以下に分類される5、6)。
1)反応的攻撃(敵対的攻撃、感情的攻撃、無意図的攻撃、熱い攻撃)
目標追求の妨害、やりたいことが出来ない時、脅威などの外的刺激に対する攻撃を言い、怒り感情を伴う。幼児期早期から出現する。これは二つに分けられる。
a)表出性攻撃
怒り感情が表出される場合を言い、言葉による言語的攻撃と叩く殴る蹴るなど実力行使による身体的攻撃がある。小中学生は成人に比べて言語的攻撃と身体的攻撃の分化度が低く、長じて言語的攻撃が優位になる。
b)不表出性攻撃
怒り感情を表出しない場合を言い、敵意、恨み、ねたみ、猜疑心、影で悪口を言う、などがこれに当たる。
2)道具的攻撃(向行動的攻撃、略奪的攻撃、意図的攻撃、冷たい攻撃)
金品、地位などを得ようとして攻撃行動を道具的に使う場合を言い、これは学習によって獲得される。
3)関係性攻撃
無視、仲間外れにする、いびる、苛める、からかう、など。
4)非攻撃的攻撃
子どもの場合、通りすがりに他人を叩く、挨拶代わりに叩く、といった一見無目的な行動をする子がいる。行動する側に怒りや攻撃意図が無くても、される側に被害意識があれば攻撃行動と言うべきであり、このような場合を非攻撃的攻撃と称する。
5)自傷
自分が傷つくまでする自傷行動であれば攻撃行動と位置づけられるが、常同行動ないしは習癖として捉えた方が良い場合もある。スポーツ選手が自分の身体を叩いて闘争心を盛り上げようとする場合は当然自傷とは言えない。
6) 指導的攻撃
指導している積りで攻撃に成ってしまう場合である。子どもの場合はセーラームーン精神に基づき「先生に代わってお仕置きよ」、大人の場合は「言って分からなければ叩いて教えてやる・躾の積り」意識に基づく攻撃である。
VIII.人が攻撃行動するのは何故か
筆者は攻撃行動の心理的誘因としてドイツ語のSchadenfreude(シャーデンフロイデ)を挙げる。直訳すれば恥ずかしい喜びで、他人の不幸、悲しみ、苦しみ、失敗を見聞きした時に生じる喜び嬉しさの感情を言う。
日本語にはこの感情に相当する語はないが、例えば、相手を叩きのめした時、或いは野球の試合で相手がエラーしたために競り勝った場合に思う「ざまあ見ろ」の心情である。
この心情の行動表現は嘲笑であるが、感情語としては日本語に無い。
攻撃行動は相手を貶める、落とし下げる、弱者にする行動であるので、攻撃の効果が生じれば達成感満足感が湧き上がる。これがSchadenfreudeである。
「ざまあ見ろ」感は他人に対して明確に優位な状態に成った時に感じる感情である。他者との競争が無い事は有り得ない社会の人間にあってこの感情を感じた事の無い人は居ないであろう。
子どもでもSchadenfreudeはあり、幼児でも稀ながらある。
3歳児のお母さんが「私が失敗したのを見るとこの子笑うんです」と戸惑った様子で訴え、吃驚した事がある。「人の失敗を笑うなんて失礼な事はしてはいけません」と躾けるのが普通ですから親が困惑するのは当然である。
「子どもがお母さんの失敗を笑ったら、お母さんは『~ちゃんに笑われちゃって悲しい、寂しいよお、ああどおしよう』と言って大袈裟に落ち込んだ様子をして子どもに『やり過ぎた、酷い事しちゃった』に気付いて貰えるように演出して下さい」とお薦めしている。
日本において競争を眼目とするある社会ではSchadenfreudeをあからさまに表さない事が美徳とされる文化がある。それは大相撲の世界で、力士は勝っても相手を敬い喜びを示さない事が様式美の一つ、とされている。筆者の子どもの頃の力士は勝っても負けてもブスッと無表情であった。近年、勝って得意気に派手なガッツポーズする横綱が品格を問われるのは本来の文化から逸脱しているからである。
IX. 新たな心理療法
乱暴な子にはこの愛他行動を積極的に育てる関わりを多くして、面倒見意識、親切にする意識、教えて上げる意識を育てれば乱暴は消失し得る。
そこで、親や保育士教員など大人は下手に出て「ママこれ出来ない、手伝ってよ、やってよ」と手伝い行為を沢山促し、また、「パパこれ分かんないな、教えてよ」と言って教えて上げる意識を育てる。手伝ってくれたり教えてくれたら親であっても子どもにお世辞を言う位の気持ちに成って大いに誉めちぎり、子どもの心中に「やって上げたよ」感、自尊心、自信を醸成する。
ある程度、お手伝いをするように成ったら、その都度お願いするのではなく、お当番にする。お当番とはお手伝いの習慣化である。
物事の習慣化は意欲のコントロールに通じる。
人間は多くのリズムを持っている。日に三食食べる、朝起きて夜寝る、月~金曜日働いて土日は休む、女性の生理、等々であり、リズムがしっかりしていれば健全である。海外渡航による時差ぼけ、女の人が生理が狂うと具合悪くなる、はリズムが崩れるからである。
生活習慣つまり生活リズムは欲をコントロールする。大相撲の世界に長く暮らしている関取は朝起きてもお腹が空かない。何故かと言うと相撲部屋では稽古を朝から10時頃までする仕来たりなので朝稽古を長く続けていると朝起きた後に食欲が湧かなく成る。
普通の人が昼に腹時計が効くのは毎日昼ご飯をちゃんと食べる習慣が定着しているので昼に成ったら食欲が出て来る。毎日夜10時に就寝する人は10時に成ると睡眠欲が湧いて来る。
だから、生活習慣をしっかり付ければ意欲のコントロールが為される。
子どもに対して手伝いをする時間を決めてして貰うのがお当番であり、お当番をした時の達成感は、その都度言われてするお手伝いより大きい。何と成れば、人間誰でも予定通り達成、想定内の場合の喜びは大きいからである。オリンピックで「金メダル取るぞお」と公言して優勝した人の喜び方は「偶々取れちゃったんです」と言う人より派手である。
X.暴力に頼らない躾教育“好い事作り療法”1~4,7,9,10)
太平洋戦争後の1947年制定の学校教育法第11条では体罰禁止が謳われている。しかし、
70数年後の今日尚子どもへの体罰とその最悪の結果としての虐待死が後を絶たない。
半年程前に放映された旧海軍戦艦武蔵を巡るNHK番組で元下士官は「軍人精神注入棒で叩かれないと兵に成れない」と発言した。これは人は体罰を受けなければ訓練教育効果が上がらないと考える体罰積極肯定論であり、戦後民主主義70数年の中で未だにそういう考えが残っていて、しかも叩かれた人がそう言ったのは衝撃であった。
5~6年前、大阪の高校のバスケ部のキャプテンが自殺した事件があった。母の話では事件前にキャプテンは「ママ、何で僕だけ殴られるの」と盛んに嘆いていたそうだが、体罰指導した顧問は「キャプテンなんだから、皆の手本に成って貰うための愛の鞭だった」と言い訳した。しかし「何で僕だけ」発言はキャプテン自身は愛の鞭とは理解していなかった事を物語る。愛の鞭と認識していれば「みんなのために頑張る」と言う意欲が高じて自殺に追い込まれなかったであろう。
子どもを虐待死させた人の多くが「躾の積りだった」つまり教育だったと言い訳する。
こうした事からは、今の日本の多くの人は暴力を行使しない形での教育方法を知らない、と言えよう。
大相撲の貴の富士が弟弟子を何回も叩いて引退を強いられた際の記者会見で、「言葉で何回言っても伝わらない場合、手を出さない代わりにどう指導したら良いか教えてもらっていない」と述べたのは象徴的であった。
本年4月施行の改正児童虐待防止法では遅蒔きながら親や養育者の体罰禁止が謳われ、その指針では暴力に頼らない躾教育を啓発している。が“好い事作り療法”は既にそうした内容を充分に持っている7)。
暴力は人の否定その物だが“好い事作り療法”は否定とは逆の受容の実践が優先する。先ずは大人が子どもに図星を言って「君の気持ちは分かってるよ」つまり受容している
事を子どもに伝え“分かってもらえてる感”を作る。その結果“聞く耳”を作れ、そこで「~したら良いんだよ」と行動方針つまり手本を示す。聞く耳を介して子どもは手本に乗って来るので教え諭すが成就する。これが“好い事作り療法”の真髄である。
“好い事作り療法”の詳細は参照文献を参照されたい。
X.終わりに
本稿では攻撃行動をする時の意図には指導意識が潜んでいて、その指導意識が行動化されるために攻撃が指導に置き換わる事を示した。
そもそも発達と言う語は「出発して到達する」を意味するが、これは英語のdevelopmentの意訳である。
developmentの動詞はdevelopで、これを直訳すると「巻物を開く、現像する、秘められた物事が姿を現す」である。
従って、本稿の題名「攻撃から指導への発達」の「発達」は「攻撃に秘められていた指導が現われる」を意味するので正しくdevelopmentの直訳である事を示している。
参照文献
1) 石川 丹:子育て親育ち読本I、II、III.社会福祉法人楡の会発達研究センター,2014
~17.
2) 石川 丹:“好い事作り”療法-困っている子と親への発達カウンセリング-.小児
科臨床61:2055-2061,2008.
3) 石川 丹:好い事作り療法~困った行動をする子と親の仲を取り持つ発達カウンセリ
ング~:第1回、図星を言って“分かってもらえた感”を醸成する.チャイルドヘルス12: 820-821,2009.
4) 石川 丹:癇癪、衝動、攻撃、同一性保持など問題行動に対する精神療法-好い事作
り療法-.日本小児科学会誌114:439-446,2010.
5) 山崎勝之、他:攻撃性の行動科学、発達教育編.ナカニシヤ出版、京都、2002.
6)石川 丹:攻撃行動の心理発達.小児科臨床61:52-58,2008.
7)石川 丹:聞き分け無いと映る子の親への親育ち支援心理療法:子育て支援フォーラムin北海道における講演.臨牀小兒医学66:25‐28,2018.
8)石川 丹:札幌市児童相談所における虐待123事例の研究-発達の剥奪と挽回-.社会福祉研究84:97-102,2002.
9)石川 丹:自由奔放傍若無人だったが良い子に成れた子36例.小児科臨床69:1572-
1578,2016.
10)石川 丹:初回再診時に早くも親が“図星を言う・図星を言ってから叱る”精神療法の効果を語った50例.小児科臨床70:370‐376,2017.