気性の激しい子への精神療法:自己対象化を育てられた1例 武部裕子・石川 丹
楡の会発達研究センター報告45(2020年5月)
気性の激しい子への精神療法:自己対象化を育てられた1例
武部裕子(看護師)* 石川 丹(院長)**
*:現・発達支援センターきらめきの里 **:現・名誉院長
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要旨
我が強くてやりたい事をしたがり癇癪が目立った子に当院方式の精神療法を施行し良好な予後を得た。小児への精神療法の目的は“汝自身を知れ”である。つまり自分の得手を知って得手で人生を切り開く智恵を育てる事である。自己対象化、自己説得つまり我慢、分別つまり時と場所を弁える知恵、を育てる事ができた1例を報告した。
はじめに
当院の精神小児科診療は親子同室の精神療法である。医師は親が家庭で実施すべき精神療法を親に説明教示し、診察に同席する看護師は児と遊びながら児の言動を観察しつつ精神療法を実践、医師は看護師の児への関わり方の治療的意味を親に解説し親が家庭で着実に実施できるように指導する。これが当院のペアレントトレーニングである。診療後は医師と看護師が協議して再診時に備える。
当院の精神療法は親が子どもを受容している事を子ども本人が理解出来るような関わり方を親に教示し納得実践してもらう事を第一とし、最終的には分別を育てる事を目標としてこれを“好い事作り療法”1) 2)と称している。
本稿では当院看護師である筆頭著者が院長と協議しつつ母として長男に実践した治療過程を記す。
症例
K君:出生時問題なし。
0歳代:授乳すると寝るが、ベッドに置くと目覚めて泣くため常に抱いていた。8か月前につかまり立ちをした。
1歳2~4か月:イヤイヤが激しく、筆頭筆者(武部、以下筆者)にべったりで筆者が家事をすると怒って物を投げた。食事中の立ち歩き、夜泣き、頭打ち、登園渋り、急に走る、癇癪など大変だった。
1歳半健診で言葉が少ない、指さししないと指摘された。
1歳8か月:頂きます御馳走様を身振りで表現した。オムツ交換を嫌がるので「かっこ良いKちゃんならできるよね」と煽てると取り替え易くなった。「バス、チャ(茶)、アップ(上)、イチ(1)、バイバイビー」など言葉が増え、要求も増え偏食も強くなった。
1歳10か月:隠れんぼ、ままごとを好み、バッグを持って父に成るなど最早成り切り遊びをしていた。「あったい(もう1回)、まる、あか、やりたい」、トイレに座って「ちっちー」と言った。朝NHKのこども番組を見せて満足すると登園がスムーズになった。
2歳:保育士を「しぇーんしぇ」と呼ぶ。お茶をすすめられて「イヤイヤ、結構」とおどけた。怒ると服を脱ぐが「嫌だったね、服着よう」と“図星を言ってから叱る”をすると自ら着た。家での癇癪は減ったが保育園では頭打ち癇癪が酷い。
2歳健診にて二語文がない、癇癪、クレーン現象、母を道具のように使っているなどを指摘され、父も一緒に当院を受診した。
当時の困り事は、要求が通らない時の怒り方が派手で引っ繰り返って泣く、母の顔を引っ掻く、壁を蹴る、車を見ていた時に父が「帰るよ」と言ったら父を蹴った、服を着る脱ぐを嫌がる、靴下は履かない、帰宅するとパンツを脱ぐ、本などを床に撒き散らす、唾を吐く、食事中の立ち歩き、偏食、夜泣き、保育園では集団に入らず気が向けば仲間と遊ぶが玩具を取られたら引っ掻く、だった。
院長には「2歳ぐらいでクレーン現象する子もいるので異常とは言えない」と言われ、ごっこ遊びの様子を訊かれて『食パンの食べ掛けを車に見立てたり、棒状の物を持つとぜんまい侍に成る』と告げると「ごっこは年齢以上の水準にあるので自閉症では無い」と言われて一安心、「言葉は少ないが質は高い、ごっこ遊びも良く発達しているのでいずれ普通にしゃべるように成る」とも言われた。父も祖父も利かん坊だった事から「天才的に我の強い子だから日頃職場で実践している“好い事作り療法”1~3)(図星を言う、図星を言ってから叱る、カウントダウン、二つ先のアナウンス)を家でしっかりやれば段々に我慢分別が育つから大丈夫、我の強さを大事にしながら時と場所を弁えて自己コントロールする心を育てるように」と励まされた。
2歳2か月:“好い事作り療法”に徹したため癇癪が減った。「ハートかわいいね、わあおっきい、いーれーて」など形容詞二語文助詞が出た。新K式検査DQ96であった。
2歳4か月:夜泣きが消失し、「ママごめんなさい」と謝れ、待てる時も出て来たが保育園では友だちを攻撃すると言われた。「K大きいプールちゃぷんした」と言ったと院長に報告したら『言葉の心配はもうない』と言われた。
2歳6か月:態と水を溢すので筆者が困った顔をしたら、気持ちを読んで「ごめんね」と謝れた。聞き分け無い場面で「Kは○○な気持ちだったよね。次から~~しようね」と“図星を言ってから叱る”をすると納得する。嫌いな食事も「かばさんのお口で」と言うと頑張れる。“図星を言う”の効果が出て自分の気持ちを言葉で表現するのが上手になり癇癪が減った。他人の気持ちにも気付けるようになった。しかし保育士に「やだ、あっかんべー」と憎まれ口を叩くのには困った。
2歳8か月:急に「ダメ!」と言ってお友達を叩く事があるが「K怒ってるよ」と言って手が出ない事もある。「ママの馬鹿」と言って乱暴しない事もある。
院長に「家では昼寝しないのに保育園で我先に寝る、食事は保育園では選り好みしてない」と報告すると、『外面が良いのは頭の良い証拠、外でエエカッコし良い子ぶりが出来ているんだから、いずれ家でも良い子をやれるように成る』と言われた。
父は図星をうまく言えず頭ごなしに怒るので反抗して更に怒られるという悪循環になっていたが、筆者が図星を言う事で安全基地になっていた。
3歳:「何組ですか」と聞かれパンダ組なのに「キリン組です」と態と間違えて笑いを取った。気に入らないと「バーン」と言い、筆者が打たれた振りをすると満足する。実際にしなくても積りで達成感を持つ智恵が出て来た。前は怒っていた場面では「Kは○○と思ってたの」と自分の気持ちを言って怒らなくなった。
3歳2か月:ケンカの仲裁をする、友達に順番を譲れる、相撲で負けても怒らずに再挑戦できる。弟N誕生。
3歳4か月:戦いごっこで筆者に役付けし演技指導する。弟をあやす。
3歳6か月:夏なのに「早く雪降らせてよー」と泣く。
3歳8か月:車で信号待ちの時に先頭で停まらないと怒り出す。「今度は1番前になれると良いね。楽しみだね」と言って宥めた。
3歳10か月:筆者に保育園に行きたがらない子を演じるよう要求するので応じると、宥める母親役を演じた。パンフレットにあったハンモックを欲しがり癇癪を起したので、筆者が「10歳用って書いてある」と言うと『じゃあ10歳になったら買う』と分を弁えて諦めた。その後も「何歳用かな?」が有効な事が多々あった。何でもやりたがるので危険でない事をお当番にして満足達成感を作った。
4歳:父に怒られて「あっち行けー」と言ったが、父が行ってしまうと自分から謝りに行った。成り切り遊びで「○○は誰がやるー?」と役柄を募れる。カルタで独り勝ちした後、筆者が残念がって見せると「さっきは取り過ぎてごめんね」と言った。筆者が弟を寝かしつけに行くと「ママと一緒が良い」と泣いて嫉妬した。保育園で苦手な野菜を残して他のおかずをお
換わりしたくて大騒ぎする。全部食べた人がお換わりできるルールだったので担任と話し合って「おかわりは明日にしよう」と見通しを告げるようにしてもらったら切り替えできるようになった。
4歳2か月:困った時のお守りに母(筆者)の写真を安心グッズとして持たせるようにしたら、登園時に泣かなく成った。
4歳4か月:恐竜チーム、爬虫類チームなどと命名してドッヂボールを楽しむ。
4歳6か月:縄跳びができなくて泣くが「ママも4歳の時はできなかった」と言うと泣き止んだ。家でイライラすると唾吐きが増えた。「ティッシューにしようね」と言うと出来る時もあるが、イライラが強いとテイッシューは間に合わないので、お絞りタオルを持たせて「何時でもタオルに吐いて良いよ」と言い聞かせたら飲み込むようになった。1歳の弟に話し掛け、反応がないと凄く怒るが、笑ってくれると凄く喜ぶ。
4歳8か月:弟にダメと怒る時、「優しいお兄ちゃんどこ行った?」と言うと『連れてかれた』と逃げ口上を言った。
4歳11か月:発表会で初めて泣かずに参加できた。
5歳1か月:「どうして地球は回ってるの?どうして宇宙に浮かんでるの?」など難しい事を訊いて来る。弟を優先して上げる事が増えた。進級した年長組の保育士はKの個性を良く理解し良い所を引き立ててくれるため「Y 先生のこと好きになって来た」と言った。
5歳4か月:カエル、サンショウウオ、トカゲ、ヤドカリなど捕まえて飼ったり動物図鑑に熱中し「生き物博士」と言われている。
5歳6か月:スキップ、縄跳び、自転車など不器用さが目立つが、「みんなより遅れてるけど、頑張ってるよ」と言った。癇癪、迷子は未だある。
5歳8か月:友達に噛み付きそうに成り、担任に止められ「こういう時はどうするんだっけ?噛みつくの?」と聞かれて「譲ってあげる」と答えられた。が、兄弟喧嘩が激しくなり「Kは悪くない、N(弟)が悪い。良い子の Kは宇宙の遠くに飛んでっちゃった。もう帰ってこない」など減らず口を叩いた。
5歳10か月:発表会で「鉄琴をやりたい」と頑張って練習する。食事、着替えなど弟ができてない時に「自分はちゃんとできてるよ」とアピールしていつも以上に頑張る。みかんを4個積みたかったのに3個しか積めず、みかんに対して「みかんがちっとも言う事聞いてくれない」「みかんはちっとも反省しない」「反省するまで食べてやらない」とロマンティックに怒っていた。
6歳:駄洒落を言い、パズル、トランプ、動物将棋、ポケモンカードなど勝負事を好む。兄弟喧嘩してもかっこ良いお兄ちゃんを意識して弟に譲れる。外では恥ずかしがってしゃべらない。将来は探検家になりたいと言う。集団の中で手が付けられないほど怒るのは滅多にない。みんなと同じランドセルはつまらないからとゴールドのを欲しがったが、シルバーに黒いラインの入ったランドセルを母が「シャチみたいでかっこいいね」と言うと気に入ってそれを選んだ。
6歳3か月:就学。平仮名を上手に書けず、プリントを毎回直されて落ち込み、学校に行きたくないと言う。初めて直されずに花丸をもらえた日は誇らしそうに帰って来た。担任に報告すると Kが自信をもって取り組めるよう工夫してくれ、以降楽しく登校できるようになる。
6歳8か月:夏休みの宿題を「やりたくない、ママがやって」と泣くので、毎日付きっきりで宥め励ました。それなりにのびのび過ごして学校が始まると遊ぶ時間が減り、18時過ぎに帰宅してから宿題に取り組まなければならず、リズムをつかむまでは大変だった。
6歳10か月:学校や児童館では大きく崩れることなく経過していた。苦手な課題や宿題の直しは大泣きしたり物を投げたりして不機嫌になり、宥めたり手伝ったりして仕上げていた。上手く行かないと叫ぶ、物を投げる、弟に八つ当たりする。3歳下の弟が甘やかされていると「弟ばっかりずるい」と不貞腐れる。母が赤ちゃん抱っこをして“ラブラブタイム”をすると自分から抱っこして欲しがった。
7歳4ヵ月:友達に蹴られたがやり返さなかった。
8歳:弟と喧嘩して泣かせてしまった時「どうせ俺が悪いんでしょ」と不貞腐れつつ反省した。やり過ぎた時は落ち着いてから『さっきのはやり過ぎだったんじゃなあい?』と母が言って振り返りを促がした。どちらも悪い時には『譲って上げれる子いるかな?』『どっちが先に謝るのかな?』と声を掛けると、良い子をやりたくて譲り合ったり謝り合ったりする事もあった。弟が一人で愚図っている時は『こういう時、どうしたら良いと思う?』とKを頼ると、案を出してくれ上手く行くと『流石お兄ちゃん』と煽てた。
8歳5ヵ月:リコーダーの授業が始まり上手く吹けないので苛立ちリコーダーを叩きつけた。筆写が付きっ切りで朝晩1時間以上の練習を教科書の全曲をクリアするまで続けた。家で飼っていたザリガニをクラスで飼育する事になり教室でものびのび過ごせるようになった。
カッとなっている時は何を言っても耳に入らず、父は直ぐ怒ってしまうので、宥め役は筆者になっていた。父の事は「あのガミガミ親父」と言う。『Kは優しくて頑張り屋でとっても良い子なんだけど、ちょっと怒りっぽいのがねえ』と言うと「そうなんだよね」と受け入れる事ができていた。父との“ラブラブタイム”も作ったら、怒りだした時父にも宥められて落ち着くようになった。
8歳11か月:クリスマスプレゼントにラジコンヘリコプターが欲しいと言って自らインターネットで検索し気に入った物があり、それが欲しいとしつこく言っていたが父が性能があまり良くないと言う書き込みを見せると、あっさり別な物を選んだ。
父母が「年を取ると思い込みが強くなる」と話していたら Kが『Kも思い込みが強い』と言って自己対象化ができていているのに驚いた。
9歳3か月:筆者の顔色を気にする事が増えて筆者は喜んだ。弟が就学、泣きながら登校する弟と手を繋いで登校してくれる。DSゲームで欲しかったキャラクターをゲットしたが保存しないで電源を切ってしまい毛布を被ってシクシク悔し泣きした。以前だったら大泣きして暴れる出来事だったので驚きつつ『暴れなくて偉かったね』と褒めた。
9歳6か月:夏休みの宿題が上手く出来ずイライラして物を投げたが、以前ほど激しくなかった。夏休みが終わる1週間前から「夏休みが終わっちゃう」と嘆き始めたので2学期が心配だったが、始業式の朝は「学校行くの嫌だ」と言いながら荒れる事なく登校できた。「夏休みが終わっちゃう」と嘆きを言語化できたのでイライラが軽減し、初めて穏やかに始業式を迎えられたのだろうと解釈した。
考察
赤ちゃんの時から手の掛かる子と思いつつ職場で学んだ“好い事作り療法”を実践している最中に2歳時保健センターで自閉症を疑われていると感じて当クリニックを受診したが、院長からは職場でしばしば経験していた我の強い子3)と言われた。
受容を前面にした楡式精神療法1~3)に徹した結果、長じて10歳前には安堵できた。
1歳8か月時、嫌がってたおむつ交換の際に「かっこ良いK~」の声掛けが奏効したが、児の年齢を考慮すれば論理的理解の上での効果ではなく、煽てる意図が込められた言葉の韻律による効果と考えるのが妥当であると考えた。
2歳6か月には母の表情を読んで謝れていた、つまり空気を読めていた。
2歳8か月、「怒ってる」と言うように成って手が出るのが減った点は、憂さ晴らしの行動化という幼さから言語化という大人が普通にする発達段階に発達しつつあったという意味を持つ。
3歳8か月の信号待ち先頭エピソードでの言葉掛けは「今が駄目でも次がある」を提示し“楽しみにして待つ心”を作る方法である。
3歳児は“分を知る”が未熟なので何でもやりたがり反って困る事が多いが、当番設定がその予防に役立つ。
4歳2か月の登園時母の写真持参は「実物の母が傍に居なくても僕の母は心の中に居る」と言う安心意識を作るための“安心グッズ”2)として有効であった。
4歳6か月の唾吐きにティシューは“やっても無害の憂さ晴らし作り”2)である。
4歳8か月の逃げ口上は良い子意識3)が形成されつつある証拠であった。
5歳8か月の「Kは悪くない、Nが悪い」は我が強いための発言である。「俺は悪くない、相手が悪い」という思いが強い場合を心理学では“敵意帰属バイアスが高い”と言う。
5歳10か月のみかんの擬人化は健康な想像力の証しである。
6歳10ヵ月の“ラブラブタイム”は下の子に嫉妬する子への精神療法で、母と二人だけで定期的に過ごす事によって母に沢山甘えられた満足達成感を醸し出し、その結果お兄(姉)ちゃん意識を育てる事によって下の子への思いやりを育てる方法2)である。
本児が8歳代の時に、自分は怒りっぽい思い込みが強い、と自己対象化ができていた点が予後良好を示唆していた。
9歳3ヵ月の悔し泣きは“顔で笑って心で泣いて”の大人の智恵への発達途中である事を示唆していた。
総括
Kは「叱られた=自分は全然わるくないのに否定された」と捉えてしまうため一般的な子育方法では困難を抱えていた。
“図星を言う”=自分自身に気づくように働きかける事、“2つ先のアナウンス”=思い込みや不安を抱き易いKが先の見通しを持てるように関わる事、で“宥め、煽て、賺して、乗せる”形の子育てが有効であった。
宥めて気持ちが落ち着いた所で「本当はこうしたかったんだよね」と気持ちを言い当て、つまり図星を言い、「Kはとっても良い子だけど、怒りっぽい所が直るともっと良いよね」と諭し煽て、「Kならきっとできると思うなー」と賺して乗せる事によって、Kの自分自身への気づき(自己対象化)と成長を促す事ができた。
引用文献
1)石川 丹:癇癪、衝動、攻撃、同一性保持など問題行動に対する精神療法-好い事作り療法-.日本小児科学会誌114:439-446,2010.
2)石川 丹:子育て親育ち読本I,Ⅱ.~子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを目指して“好い事作り療法”からのお薦め~札幌:社会福祉法人楡の会出版部,2014.
3)石川 丹:自由奔放傍若無人だったけれど我慢できる良い子に成れた子36人. 楡の会ホームページ発達研究センター報告その40.