自由奔放傍若無人だったけれど我慢できる良い子に成れた子36人
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楡の会発達研究センター報告、その40(2016年8月)
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自由奔放傍若無人だったけれど我慢できる良い子に成れた子36人
楡の会こどもクリニック
石川 丹
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要旨
我儘、頑固、癇癪、気紛れ、おだつ、乱暴など自由奔放傍若無人の振る舞いをする子は結構いるものです。そうした子に対して親子心理療法を施し、落ち着いて良い子に成った36人(初診時年齢1歳11ヵ月〜14歳10ヵ月、男31人、女5人)を記しました。
心理療法は「お母さん(お父さん)は僕(私)の気持ちを分かってくれているんだ」と言う子どもの思いつまり〝受容されている感”と我慢の心を育むための”良い子意識”の育成を目指して筆者自身が親子同席で実施しました。
問題行動消失までの治療期間は6歳未満18人では16.7±12.6ヵ月 、6歳以上18人では5.2±5.5ヵ月であり、両者を比較したところt=3.43、p<.005を以て治癒に至る治療期間は年長例の方が有意に短期間でありました。
年長児の方が治療効果出現が早かったのは、他者視点つまり自分を外側から観察する視点、自己対象化の知恵が年少児よりもそれなりに成熟していたから、と解釈されました。
1.初めに
言う事を聞かない、好き勝手をする、我を張る、思い通りにならないと奇声を上げたり暴れる、手が出る足が出るなど乱暴、物を投げる振り回す、怪我をさせた、先生にも食って掛かる、人の物を取る、意地悪する、落ち着きない、教室で立ち歩く、授業中の内職、勝手に学校を早退する、気持ちが高ぶると抑えが利かない、おだつ、興味があると行っちゃう、危ない事をする、友達とトラブルが多い、一方的に話す、暴言、邪魔する、しつこい一方気が変わり易い、など困った行動をする子ども達に対して、問題行動の心理メカニズムの改善をフォーカスとした心理治療を実施し、良好な結果を得た36人について記載します。
実施した心理療法は以下の二つを焦点としました。
第一には子どもの心に「お母(父)さんは怒るけど僕(私)の気持ちを良く分かってくれている人だから本当は良い人で味方だ、信頼できるんだ、だからお母(父)さんがきつい事を言うのは愛の鞭なんだ」と親の叱咤激励の中に“僕(私)のために言ってくれてるんだ”という本当の意味の理解を作る事です。
第二には時に応じて本音を抑制し好ましい状況で本音を実現しようとする自己説得・我慢・自己操作の智恵、平たく言えば人に後ろ指を指されないようなコミュニケション技能・処世術・社会性を身に付ける事、換言すれば他人から良い評価を受けるように“良い子意識”を以って社会行動しようとする心・意欲の育成です。
2.36人の特徴
1)初診時の父母の心配事
No.1.1歳11ヵ月男児
何でもやりたがり制止すると叩いて来る、思い通りに成らないと暴れて発狂する、こだわりが強い。
No.2.2歳男児
要求が通らない時の怒り方が派手、家ではパンツを脱ぐ、唾を吐く、母の顔を引っ掻く、壁を蹴る、食事中の立ち歩き、保育園では頭打ちする。
No.3.2歳2ヵ月女児
興奮し易い、興奮すると親に纏わり付いたり手足が出て暴力的に成る、スーパーでは目についた物に突進して行くので紐を付けて歩かせたが紐ごと暴れて商品をなぎ倒したので止めた、高所を恐がらず落ちては上がり生傷が絶えない。
No.4.2歳3ヵ月男児
人を見たらスーッと行って髪を引っぱたり叩く蹴る、赤ちゃんを抓り、泣くとジッと反応を見ている。自分が使いたい物を兄が触ると直ぐ手が出たり物を探して投げつける、外で注目を浴びると固まる。
No.5.2歳4ヵ月男児
じっとしていない、面白い物を見つけると見境なく突進して行くのでぶつかる、迷子になる、我慢できずかんしゃくを起こす、物を投げる、叩く頭突き体当たりパンチキックで怪我をさせる、しつこい一方飽き易く変わり身が早い、人の物を直ぐ奪う、割り込む邪魔する、長い物があると「武器」と言ってバチバシ振り回す。
No.6.2歳10ヵ月男児
癇癪が酷い、落ち着きがない、じっとしていない、ダメと言ったら「キャー」と奇声を上げながら叩いて来る。
No.7.2歳10ヵ月男児
お友達を直ぐ叩く、突き飛ばす、母が顔を拭くなど嫌な事をすると叩いて来る、思い通りにならないと怒る。
No.8.3歳1ヵ月男児
落ち着きなく動きが多い、癇癪、物を投げる、手が出る、勝手に行動し集団行動できない。
No.9.3歳4ヵ月男児
言う事を聞かない、癇癪、落ち着きない、気が散り易い、反抗する、場面の切り替えが難しい、テンション上がると言う事を聞けなくなり制止すると乱暴する、慣れて来るとふざける。
No.10.3歳4ヵ月女児
泣いてる子に会うと「そんな事しちゃダメ、泣いたらダメなの、ママが怒るの」と言いながら泣き止むまで叩く、これがしたいあれがしたいと欲求は強い、道路に飛び出す、人混みもどんどん行っちゃう、しつこさと気紛れの両方がある。
No.11.4歳1ヵ月男児
友達に手が出る、勝手に行っちゃう。
No.12.4歳2ヵ月男児
しばしば人を噛む、蹴る、叩く、落ち着きない 集団に参加するがゴロゴロしたりマイペース。
No.13.4歳3ヵ月男児
他児に手が出る、人の物を取る、集団で興奮し大声を上げたり走る、穏やかな注意は聞かない、興味が移る。
No.14.4歳3ヵ月男児
癇癪、落ち着き無い、不注意、聞き分け無い、危ない事をする、母と下の子を叩く齧る。
No.15.4歳6ヵ月男児
友達をいきなり叩く、思い通り行かないと「ヒャー」と周りが一瞬静かになるくらいの奇声を上げる、落ち着きが無い、寝つきは悪く覚醒した時母が居ないと「何で居ないんだ、死ね」と暴言を吐く、園で褒められてうれしくて興奮して教室の机に乗ってしまう。
No.16.4歳6ヵ月男児
落ち着きなくじっとしていない、おしゃべり、質問を次々する、次々興味が移る、上手く行かないと物を投げる、友達を押す叩く蹴る、工作やブロックは集中する、戦いごっこで加減が分からない。
No.17.4歳7ヵ月男児
幼稚園で自分が遊んでいる物を仲間が触ると叩く、友達の物が欲しいと取っちゃう、思いが通らないと泣き叫ぶ、座っていられない、妹を叩く。
No.18.5歳0ヵ月男児
落ち着きない、幼稚園ではステージで寝そべる、みんなと一緒に並べない、癇癪、思うようにならないと母を叩く、年少児をポンとやる、しつこいが気紛れもある、ダメと言われてもふざけていたずらする。
No.19.6歳1ヵ月男児
保育園ではじっとしていない、我を張る、友達を誘って悪さする、意地悪する、乱暴で怪我させた、家では良い子。
No.20.6歳3ヵ月女児
注意が伝わらない、楽しくなると良い事と悪い事の区別がつかない、習い事ではいつもふざけて集中力がない、空気が読めない、なんで怒られてるか分からない事がある。
No.21.7歳男児
担任の先生を蹴り殴り「死ね、包丁で刺してやる」と言った、やりたい事しかしない、勝手な事をする、授業中に机をひっくり返した、友達に注意されて「馬鹿、この野郎」と暴言を吐きノートを投げつけて泣かせた。
No.22.7歳男児
友達に乱暴、注意を聞かないでランドセルを振り回して側にいた子に怪我をさせた、人の物を取る、癇癪、注意すると大声暴言を吐く、悪ふざけ。
No.23.7歳4ヵ月男児
癇癪が酷い、負けそうになると「キーッ」と言う、物を投げる、暴力を振るう、担任にも食って掛かって行く、父とゲームして負けて父を蹴った、父母の事を「意地悪」とよく言う。
No.24.7歳4ヵ月男児
学校で立ち歩き、廊下で寝っ転ぶ、皆の声がうるさいと言って出て行っちゃう、注意されると「お前なんかあっち行け」と暴言を吐いたり暴力を振るう。
No.25.7歳7ヵ月女児
落ち着きが無い、興味があると行っちゃう、友達にちょっかい出したり叩く蹴るでトラブルが多い。
No.26.8歳0ヵ月男児
友達と揉み合いになって怪我をさせた、友達の眼鏡を壊した、癇癪が酷く怒ったら靴を投げる。
No.27.8歳6ヵ月男児
友人に暴力、叩いて青タン作ったのが2回、女の子に注意されて蹴って怪我させた。
No.28.8歳6ヵ月男児
キレ易く手が出る、友達の顔を血だらけにした、車に石をぶつけてきずつけたのが3回、授業中座っていられない、負けず嫌いだけど頑張らない。
No.29.8歳7ヵ月男児
母にどなる手が出る、暴れる、時間を守れない、待てない、大した事ない事で口げんかになる、何でもない事を聞き入れない。
No.30.9歳6ヵ月男児
急に怒りだして物を投げたりいなくなる、学校で友達とトラブルが多い。
No.31.9歳7ヵ月男児
授業や集団行動に参加しない、我慢出来ずに叫んだり暴力を振るったり邪魔する。先生に腕を掴まれて3時間怒られてから学校に行かなくなった。
No.32.10歳4ヵ月女児
話を聞くのが苦手で一方的に話したりいろいろ仕切りたがるので学校で浮いている、癇癪、じっとしていられない、気が散り易い、頑固で好き嫌いがはっきりしている。
No.33.10歳8ヵ月男児
授業中にトラブルを起こす、直ぐ文句を言う、友達にチャチャ入れる、先生にちょこちょこ怒られる、我を張る、短気。
No.34.11歳2ヵ月男児
直ぐ怒る、一方的に話す、友達とトラブルが多い、弟が泣いて嫌がっても止めない。
No.35.13歳6ヵ月男児
学校で授業に集中しない、だらける、一人でしたい事をしている、勝手に早退したり保健室に長居する、友達に手が出る。
No.36.14歳10ヵ月男児
衝動的、集団の中で抑えられなくなってぶつぶつ言ったり叫ぶ、カーッと成って手が出る。
2)受診前までの期間
初診の1年以上前から問題があった子は13人と4割近くもいました。その期間の最長は11年で、平均すると3年半も前から親子で問題を抱えていた事が判明しました。
3)父親の様子
父も小さい時は同様だった子は8人、その子らの初診年齢は1〜7歳でした。
4)きっかけの有った子
父の単身赴任など環境因が明らかだったのは4人でした。
5)神経症・心身症の症状があった子の症状
頭打ち、夜泣き、寝言、爪噛み、チック、タオルっ子、吃音、指しゃぶり、偏食など神経症心身症の症状を12人の子に認めていました。
6)診断名について
精神遅滞、自閉症、注意多動症などの診断名の付く子はいませんでした。
3.治療方法
1)心理療法
心理治療は「お母さん(お父さん)は僕(私)の気持ちを分かってくれているんだ」と言う子どもの思い、つまり〝受容されている感”と我慢の心を育むための”良い子意識”の育成を目的として以下の方法1,2,3)を親子同席で施しました。
i)“図星を言う”
子どもが怒っていたら「怒ってるんだ」と親は口に出して言って子に聞いてもらいます。「嬉しいね」「悔しいね」「びっくりだね」「〜欲しいんだ」「〜したくないんだ」「〜嫌なんだ」など子どもの気持ちや思いを親がズバリズバリ言い当てる事を繰り返せば、子どもの心の中に『お母(父)さんは僕(私)の気持ちを分かってくれているんだから良い人だ、味方だ、安心だ、信頼できる、頼りに成る。だから言う事を聞こう』という安心感信頼感と聞く耳を作れます。
子どもは誰でも人の目の色を読むのが未熟ですから、相手が自分をどう理解しているか
の判断が難しいものです。だから、大人同士では言わなくても良い事をドンドン子どもに言って聞かせ、親はどういうふうに思っているのかを積極的に伝えた方が親子のコミュニケーションは深まるものです。
どんな人でも「あの人、私の事分かってないんだよな」と思う人とは付き合いたくないものですが、自分の気持ちや個性、特徴、得手不得手を分かってくれていると思える人とは積極的に関わりたくなるものです。
赤の他人に図星を言われたら恥ずかしかったり嫌な時もありますが、家族や先生や極親しい人、身近な人にズバリ正解を言われたら嬉しく成ったり、気持ちが和んだりするものです。
ii)“図星を言ってから叱る”
例えば、子どもに「お片付けしてね」と言っても言う事を聞かない場合、「ダメでしょ、片付けなさい」と頭ごなしにダメ出しするのが普通です。子どもを育てるのに怒らないで叱らないで育てるのは不可能ですから、親はそんなにダメ出し先行している積りは無くても、子どもにすれば『またダメって言うのかいっ』というむかつき感を持ち『ダメダメ言うんならもう聞きたくない』という気持ちが募り、心の中で耳を塞いでしまう事に成るでしょう。
実際に両手で耳を塞いじゃう子もいます。こうなったら“聞く耳”が無くなるのですから何を言われたって聞こえる筈はありません。人間誰だって聞く気満々(まんまん)でなければ聞き損ないが増えるものです。“聞く耳”が無ければ何を言ったって聞こえる筈はありません。ですから、親にすれば「何度言っても言う事聞かないんだからっ」と焦りとイライラ感が高じて、益々(ますます)子どもにきつく当たる事に成るでしょう。そうなったら子どもは一層「お母(父)さんなんてっ、もおっ」と言う拒否的思いや恨みが強く成ってどんどん言う事を聞かないように成ってしまうでしょう。
これに対して筆者の心理療法ではこういう場合は「片付けたくないんだ、未だ〜したいんだよね」と先ずは子どもの気持ちを言い当てて言います、つまり図星を言います。そうすると子どもの心には『分かってくれてるんだから、お母(父)さんは良い人だ、味方だ、信頼できる、だから言う事を聞こう』という信頼感を作れます。こうした気持ちを作って置いてから再度「片付けてね」と言うと、既に“聞く耳”が出来ていますので、親の指示が心に響いて親の言う事を聞く気にように成ります。
“図星を言ってから叱る”を繰り返すと子どもは聞き訳け良い子に育って行きます。
“叱る”とは教え諭す事です。「〜した方が良いよ」とやって欲しい事やって良い事を提示する事です。
“怒る”とは禁止を言い渡す事で、「〜するな」「しちゃダメ」です。禁止されたら誰だって「そんじゃあ、どうすれば良いんだ?」と言う反発心が多少は起こります。我の強い子であればある程逆ギレが増えるのは必定です。
物を投げようとしたら「投げたいんだね、ここにおいて」と指し示せば、投げないでそこに置くように成り得えましょう。
叩こうとして来たら「叩きたいんだ、優しくね。優しく撫で撫でして」と言いつつ児の身体を撫でて上げ、これを繰り返せば子どもの叩く力は段々に抜けて行く事に成りましょう。
iii)“オッケーの声掛け” 褒めてなくても褒め上手に成れる方法
子どもの困った行動に困惑している親御さんに「褒め上手に成れてますか」と質すと、九分九厘首を振ります。褒め上手に成れていない親御さんは実に多いものです。
何故多いのかと言うと、それは今の日本人の感性では誰でも人を褒めたくなる気持ちが生じるのは人が「すげえ、あの人は物凄いよな、良く出来てるよな」と感嘆した時だからです。
国民栄誉賞、ノーベル賞、オリンピックの金メダルクラスの事態に接して初めて褒めたい気持ちが生じるのが今の日本人の文化的意識なのです。「そんなの当たり前でしょう」と思う時は何も言わないのが普通ですから、なかなか褒め上手に成れない人が多いのは当然なのです。
困った行動が多くて常々難渋している親御さんは「家の子には褒める所なんて無いですっ」と思いがちに成っていますので、褒める所を見つけるのは大変なのです。
そこでそういう親御さんたちには、褒める程の事ではなく普段から当たり前に出来ている好ましい事を子どもがしたら、その都度「オッケー、それで良いよ」と声掛けするようにして下さい、と提案します。
「オッケー、それで良いよ」の声掛けを繰り返していると、子どもは「普段ダメダメ言ってるお母さんが良いって言った。僕のやり方で良いんだって。良いんだって」と思い、認められて嬉しいと言う気持ちが何回も生じて来る事に成ります。つまり、褒められてなくても認められた感は褒められたのと同じに良い気持ちに成るのです。ですから、親は褒めて無くても子どもの心には「褒められて良かった、好い気持ち」と言う思いが増える事に成るのです。
例えば、子どもが玄関で靴を履いたら、裸足で出て行くよりずっと益しですから「オッケー良いわよ」と、寝る前に歯磨きしていたら「OK、それで良い」と何回も言えば、子どもには歯の浮くようなお世辞に聞こえたとしても、子どもは褒められた感が湧き上がり良い気持ちに成って自信が付き、どんどんドヤ顔をするのが増えるでしょう。
子どもが『お母(父)さんが良いって言った、良いんだって』と“認められた感”延いては“褒められた感”をしょっちゅう持つように成れば、親は褒めてなくて褒め上手に成れてる事に成るのです。
iv)“良い子の○○に成ったね”
「良い子に成ったね」(「良い子だね」ではなく)「良い子に変身できたね」、あるいは翔太君の場合なら「良い子の翔太に成ったね」と「に」を強調した褒め方をして下さい。「良い子に成ったからママ(パパ)嬉しいよ。だから褒めて上げるからね」とはっきり言って上げて下さい。
こうした褒め方を繰り返すと児の心の中に“良い子意識”が芽生えます。
そうして『褒められるような良い子に成っている?いない?』という自問自答を醸成できます。
自分で自分に言い聞かせる思考、自己対象化の智恵延いては我慢の心は“良い子意識”によって育まれます。つまり『〜はしない方が良いよな』『〜より〜の方が良いぞ』『良い子に成って良い子の行動をしなきゃ』『〜したら怒られるのはっきりしてるから〜しないようにしよう』という自己説得の意欲が育てば問題行動は減ります。
年長児には男児なら“かっこ良い男に成ったね”、女児なら“素敵な女の子に成ったね”の方が子どもの共感を得易いでしょう。
v)“「良い子の○○どこ行ったあ?」と言ってから叱る”
例えば、叱る前に「良い子の拓也はどこ行ったかな。良い子の拓也に成ったらママ嬉しいなあ」と先ず言ったら、子どもは『えっ、僕、良い子に成ってないの? どうして?何故?』と自問し『どうしてどうして』と疑問への答を聞きたく成りますので“聞く耳”を作れる事に成ります。“聞く耳”を作って置いてから叱れば、諭され提示された行動をする確率は高まります。
当初は「良い子いなあい、あっち」とか指差ししながら言って怒られるのを回避しようとする子もいますが、そう言う場合には親は『良い子の拓也連れといで』とか『呼んでおいで』と言って茶化し返して言えば、子の心に「良い子やんなきゃ」と言う気持ちを改めて作れるように成るでしょう。
これを繰り返すと、自ら「良い子に成ったからね」とかアピールするように成ったりします。たまごっちが流行っていた頃は「ママ御免、デビルッチになっちゃった。テンシッチになるから許してね」と見事な比喩で予防線を張った小学生女児がいました。
「良い子に成ったよ」とアピールができる子は“良い子意識”を身に付けられたと言えましょう。「良い子やんなきゃ」という積極的意識に基づいて自己説得我慢の心を形成しつつある子と言えましょう。
vi)“二つ先のアナウンス”“二つ手前からのアナウンス”
“二つ先のアナウンス”とは、子どもと行動を共にする時には普段から親が自分の行動予定を二つずつ逐次的に事前に子どもにアナウンスして言い聞かせて置く事を言います。
“二つ手前からのアナウンス”とは、行動予告を前倒しで二つ手前の段階で順繰りに数回言って置く事です。
この2種類のアナウンスをちゃんとやっていると、段々子どもは親の予定に乗って来るように成り、言う事を聞く場面が増えて勝手な行動も減るように成ります。
例えば、「出掛けるからお片付けして玄関行こうね」と言い、お片付けが終わる頃「玄関行ったら靴履いてね」、靴を履いてる時に「靴履き終わったらドア開けてね」等々。こうアナウンスしていると5割の確率で親の言う事に乗って来て、親は聞き分け良く成ったと感じるのが増えます。
また、9時に出掛ける予定なら8時50分に「9時に成ったら出掛けるよ」、8時55分には「後5分で出掛けるよ」と言う。こうして事前予告をして置けば時間感覚が未熟な子どもでも「その内出掛けるんだ」という想定を心の中に作れるように成るので、9時に成って「さあ、出掛けるよ」と言ったら、子どもは想定内通りにスムーズに出掛けられるように成ります。
vii)“カウントダウン”
子どもが言う事を聞かない時、ダメ出し先行せずに先ずは児の意向を尊重して「〜したいんだ、後3回して良いよ。3回したら次だよ」と“図星を言う”と行動予定アナウンスをします。その後適当な時間を置いて「後2回だよ、2回もできるんだよ」、次いで「後1回したら〜しようね。沢山したもんね、だから次だよね」とカウントダウンしつつ達成感満足感を促し、「3回もやれて良かったね、沢山やれて良かったね」と「も」を強調して3回でも沢山やった積りを作っておいてから、「さあ〜しよう」と誘うと子どもは親の言う事に乗って来て言う事を聞くように成ります。そうすると聞き分け良い子に育て上げる事が出来るようになります。
昔から子育ての言葉には“宥めたり、賺したり、煽てたり”があります。この三つの言葉はいずれも「乗せる」と言う意味が含まれています。カウントダウンは親の意向に子どもを上手く乗せるための心理療法技法です。
viii)“やっても無害の憂さ晴らし”
叩いて来たら「ダメ」の禁止ではなく、「これにして」と言いながらクッションとか叩いて良い物を差し出しつつ叩いて見せ、「叩いて良いんだよ」と言って児も叩くように導きながら「ストレス解消、憂さ晴らし出来た、スッキリしたあ」と声掛けして達成感を醸し出すようにします。これを繰り返すと子どもは自らクッションとか叩いて良い物を叩くように成り、“やっても無害の憂さ晴らし”を作る事が出来るようになります。
何年か前はテレビで流行っていたお笑いタレントの「そんなの関係無いっ」と言いながら床を蹴るギャグを、子どもが癇癪を起こして蹴って来そうな時に透かさずやって見せるようにと母親に指導した所、ギャグに興じて母や幼稚園の先生を蹴らなく成った子が何人もいました。「そんなの関係無いっ」は“やっても無害の憂さ晴らし”を作るのに便利なギャグでした。
「死ね」とか暴言を吐いたら「言っちゃダメ」と禁止するのではなく、親が囁き声でおうむ返ししつつ「小声でね」と声掛けして暴言を小声で言うように誘えば、やがて大人の様に内言語(頭の中でぶつぶつ言う事)で誰にも聞こえないように暴言を言うようになります。“顔で笑って心で泣いて”を実践して密かな憂さ晴らしが出来るように成れば“やっても無害の憂さ晴らし”を作れた事に成ります。
パンチすると起き上がり小法師の様に元に戻るパンチングバッグを叩く事を勧めた所、お小遣いで買ってそれを叩いて壁に穴を開けなくなった中学生がいました。
2)薬物療法
4〜7歳の男児5人では乱暴が目に余ったため精神安定剤を飲んでもらいましたが、5人とも後に薬を止めても大丈夫でした。
4.治療結果
初診時6歳未満18人では、初診時年齢平均3歳4ヵ月±1歳、症状消失年齢は平均4歳9ヵ月±1歳1ヵ月でありました。15人(83%)では5歳までに問題行動が消失しました。
6歳以上18人では初診時平均8歳11ヵ月±2歳4ヵ月、症状消失時平均9歳5ヵ月±2歳4ヵ月でありました。
初診から症状消失までの期間つまり治療期間は6歳未満18人では平均16.7±12.6ヵ月、6歳以上18人では5.2±5.5ヵ月でした。この二つの平均年齢を統計処理した所、t=3.43、p<.005で有意差がありました。
これが意味する所は年長の子の方が治療期間が短かくて済んだと言う事で、治療効果は年長児でより良かった、換言すれば早く良くする事が出来たと言う意味です。
5.考察
新生児期から幼児期への心理発達過程を脱中心化と言います。
乳児期は誰でも自己中心性が強く2〜3歳の第一次反抗期はその極みです。
4歳過ぎると自己対象化の知恵が発達し自己説得と我慢が可能に成ります、つまり自己中心性が減って我慢、他者との妥協が可能となり反抗期が終わります。
我慢とは心の中で自問自答した結果、言わば善玉が悪玉を説得する心理過程であります。悪玉を説得するのが“良い子意識”です。
我慢の心が成り立つには自分で自分に言い聞かす能力が必要に成ります。ですから二重人格に成らなければなりません。
二重人格は良くないとよく言われますが、大人は二重人格に成らないとやっていけません。大人の世界では“顔で笑って心で泣いて”をしないではやって行けません。
子どもが大人に成る、とは一面ではこの二重性を身に付けるように成ると言う事と言えましょう。
自由奔放傍若無人の振る舞いをして他人に迷惑を掛けている子どもは、自己中心性が極めて強いため自己説得自己抑制の心つまり我慢の発達が未熟と成っているのです。
自己中心性が強ければ強いほど、我が強ければ強いほど“俺流・自分流”で行動したがる気持ちが強いですから、他者と折り合いを付ける、つまり妥協我慢の心の発達が遅れ、我儘な振る舞い、逆ギレ、癇癪が目立ち、親を大いに悩ませる事に成るのです。我が強ければ強いほど第一次反抗期の終了が遅れる事に成ります。
だから、自由奔放傍若無人の行動をする子には我慢の心を育成し、他人と和気藹藹関われて“良い子”と評価されるように導く事が大事に成ります。
また、子どもにとっては親が頼りである事は間違いないので「お母さん(お父さん)は自分の事を分かってくれてるんだ」という思い、即ち“受容されている感”を作り、親への信頼感を育てる事も重要と成ります。
筆者は診療に際してはこの二点を育てるための心理療法に親御さんにお教えし、本稿では良い結果を得た子ども達を紹介しました。
本稿の6歳未満の子では83%の子が5歳までに問題行動を無くす事ができたのは筆者による上記心理療法が有用な治療法である事を示唆しました。
6歳以上の年長に成って初診して来た子は我の強さに対して普通の躾教育つまりダメ出し先行を長くしていたため、反抗心が高揚し自己説得の心の発達を遅れさせてしまったと言えるのです。が、筆者の考案した心理療法を遅ればせながらでも実施すれば改善し得る事が示唆されました。
治療期間については年長児の方が明らかに短かったのですが、この点については6歳未満の子では当然ながら自己対象化、自己説得、我慢の心が未熟でありましたので、それを育てるのに時間を要したと言う事であります。
年長児ではそうした心は既に潜在的にある程度成熟していましたので、言わば埋もれていた心理能力を掘り起すのに時間はそんなに掛からなかったという事であります。
精神安定剤を飲んでもらった子は13%と非常に少なく、心理療法のみで良く成った子が大多数を占めた点は大変良い事であったと言えましょう。薬はどんな薬であれ副作用が全くない薬はありませんので、飲まないに越した事は無いからです。
引用文献
1)石川 丹:癇癪、衝動、攻撃、同一性保持など問題行動に対する精神療法-好い事作り療法-.日児誌114:439-446,2010.
2)石川 丹:子育て親育ち読本I〜子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを目指して“好い事作り療法”からのお薦め〜.札幌:社会福祉法人楡の会出版部,2014.
3)石川 丹:子育て親育ち読本II〜子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを目指して“好い事作り療法”からのお薦め〜.札幌:社会福祉法人楡の会出版部,2014