場面緘黙が良く成った7歳女児
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楡の会こどもクリニック通信第38号(2021年4月)
場面緘黙が良く成った7歳女児
石川 丹
(こどもクリニック名誉院長 2021年4月末日で退職)
初めに
ある特定の場面で話せなく成るのを場面緘黙と言います。
本稿では、幼稚園のクラス内でのお誕生会や父母参観の発表会では皆の前で喋れなく成り泣いていましたが、就学後の通院と“好い事作り療法”に依って良く成った子を紹介します。
初診時7歳3ヵ月小1女児Mちゃん
幼稚園の頃から普段はお友達や先生と話せますが、お誕生会で皆の前、発表会で大勢の人の前に立つと声を出せなく成り、泣いたり固まっていました。人見知りがあり近所の人とも上手く話せません。
就学後もクラス内発表で泣いてしまってできなく成り、全校発表会ではステージで固まってしまいました。
母子には「生真面目なため『ちゃんとやらねば』の気持ちが強く緊張が高じて不安を感じ易い、いわゆる上がり症の子です。不安は安心を沢山作る事に依って相対的に減ります。ですから、心理療法は安心作りです」と説明し、母には“安心作り”のための“図星を言う”をして“分かって貰えてる感”を沢山作る事と、“予行演習・想定内作り”を説きました。
7歳4ヵ月
小2に成って新しい担任に自分から話し掛けていますが「声が小さい」と言われたので、母は担任に上がり症のために通院中である事を伝えました。
7歳6ヵ月
コンビニで近所のおじさんと楽しくお話できました。
7歳7ヵ月
みんなの前でしゃべる時はドキドキしちゃうけど少しずつ良く成っているとの事でした。先生から「声が大きく成ってます」と言われました。歌のテストは去年よりちゃんと歌えました。踊りのテストではグループで前に出て大丈夫でした。運動会も上手く参加できました。
7歳9ヵ月
クラスでの発表は自信が付いて来ましたが、2ヵ月後の発表会が心配との事でしたので、お家で発表会ごっこをして予行演習する事を改めて勧めました。また、学校に保存されているはずの去年の発表会の動画を手に入れ、去年の2年生の発表の様子を見て事前に雰囲気情報を仕入れてある程度の“想定内作り”をするように、と教示しました。
7歳11ヵ月。
発表会の劇でお婆さん役をするのでお家で台詞の練習をしていますが、体育館での本番前練習では先生に「声が小さい」と言われてしまいました。
そこで、母子に“声の大きさの数値化(スケーリング)”をして自分の声の大きさをモニターする方法を以下のようにお教えしました。
「お母さんが一緒に体育館に行ってお母さんはステージ5~10メートル手前に立ち、Mちゃんにステージで台詞を言ってもらいます。それを聞いたお母さんは『今の声の大きさは3ぐらいだね』と数詞を付けて『次はもうちょっと大きく5の声で言ってね』と言います。また台詞を言って貰って前より大きく成っていたら『5の大きさの声が出たね。みんなに聞こえるようにするにはもっと大きな8の声が良いから、8で言って見て』と励まし、8で言えたら『そうそう8の声がちゃんと出たよ。本番でも8の声を出そうね』と声の大きさを母が数値化して声の大きさの主観性に客観性を持たせ、Mちゃんが自分の声の大きさを客観的にモニターしながら大きな声を出せるように練習して下さい」と。
8歳0ヵ月
母は笑顔で「発表会は緊張していたようでしたが大きな声で台詞を言えました」と教えてくれました。ご本人もにこやかに「先生に『声、出せてたね』と言われた」と述べました。
8歳9ヵ月
3年に成ってクラスでの発表は積極的に挙手して当ててもらってちゃんと出来ています。4人組で発表する時は代表として発表しました。
9歳2ヵ月
特に心配ありません。
10歳5ヵ月
5年生に成って1ヵ月、普通に学校生活しています。
考察
人前で喋れなく成る心理メカニズムを精神医学は心がオロオロしている、つまり不安が高じて自己コントロールが上手く行ってないと説明します。
人間誰でもこのように生きたい、あのような自分に成りたいと言う欲求があります。ですから、人生は今在る自分を在りたい自分に近付ける事、在りたい自分に成れるように自分を励ましコントロールする事と言えます。
これをエリクソンは自我同一性と言いました。自は今在る自分で我は在りたい自分、自と我を一緒にと言い意味です。
場面緘黙はある特定の場面で、例えば人前で、ちゃんと喋れる自分に成るように自己コントロールする事つまり自己説得が上手く行ってないと言う事なのです。人前で喋るのが苦手と言う言い方もできます。
自己説得するには落ち着いて余裕を持って自分を外側から見詰める心理が必要で、落ち着いた心は安心と言う土台の上に成り立ちます。ですから、子どもの心の中に、子どもが誰よりも頼りにしているお母さんお父さんは自分の事を良おく分かってくれている、と言う確信、つまり“分かって貰えてる感”に基づく安心の心を作る事が心理治療に成るのです。
また、その時その時の在りたい自分とは近未来ですから予定ないし想定であります。ですから、今在る自分を在りたい自分にスムーズに近付けるための準備体操としての“予行演習・想定内作り”が心理療法に成るのです。
さて、音の大きさの数値化(スケーリング)について以下に説明します。
大小の抽象的な判断は主観的なもので一人一人大きさの感じ取り方は違います。つまり相対性があります。
例えば、大きな声で喋っている人の声が煩くて迷惑だと感じた人が「もう少し小さい声でお願いします」と注意したとします。その際『なあにいっ、俺は小さい声で喋ってるよ』と大声で反論する人が居ます。これが音の大きさの主観性です。
テレビのリモコンの音量ボタンを押すと画面の隅に棒グラフと数字が表示されます。これは感覚として主観的な音の大きさを客観化をしている事に成ります。
ドレミファ~~の音階は音の高さのそれぞれにドとかミとか段階付けで音の高さを命名している事に成ります。名詞化する事で万人に共通する客観性を持たせているのです。
声の大きさを数値化(スケーリング)する事も大きさと言う主観性に数詞を付与して命名し客観性を持たせる事です。このようにする事で自分の声の大きさをコントロールし易くする事ができます。本児はそれを証明しました。