(46)楡の会発達研究センター報告、その46(2020年10月)
2020.10.15

たくさんうけとめてほしい!H君の“わかってもらえてる感”作り

楡の会発達研究センター報告、その46(2020年10月)

たくさんうけとめてほしい!H君の“わかってもらえてる感”作り

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児童発達支援センターきらめきの里
西田萌華 江口美幸 寺尾美紅 飯澤佳奈 栗山潮音 天野由香
中川祐美子 町田雪野 高野里美 田邊央亜 田野準子
こどもクリニック
石川 丹

 

H君は入園時3歳3ヵ月、現在5歳2ヵ月。

I.主訴

言葉が遅い、奇声を上げて落ち着きなく動き回る、団体行動が取れない、興味のある事しかしない、切り替えが遅い、唾吐き、手が出る。

II.アセスメント

職員の“図星を言って叱る(教え諭す)”“二つ先のアナウンス”には聞く耳を持って折り合いをつけられる。朝の会に着席も可能な事がある。他児の行動の即時模倣が可、他児にしてあげる事も可。言葉の即時模倣可。母の行動制止は多く、その場合は表情が変わり手が出る。我慢した時やさせられた時には唾吐きが見られた。

記憶、認知、コミュニケーションの力は高いと思われたので、楡式療育によって言葉の遅れの挽回と欲求コントロール能力の成長発達は顕著な効果は期待できると判断された。

III.楡式療育方針

“好い事作り療法”の様々な技法の内の以下を主に実施する事とした。
言葉の遅れに対しては児の気持ちを代弁し“図星を言う”を、多動に対しては“二つ先のアナウンス”“事前アナウンス”、切り替えが遅いに対しては“カウントダウン”、唾吐きに対しては「ここなら良いよ」と素早くミニタオルを差し出す、手が出るに対しては「叩きたいんだ、優しくね」の“図星を言って叱る”、指示が通らない場合は“図星を言う”をして“分かってもらえてる感”を作った上で教え諭すつまり叱る、をする事とした。また、我慢の心を育てるために「良い子のHに成ったね」を誉め言葉とした。
上述の療育技法の詳細は“子育て親育ち読本I・II・III”、楡の会HPの“発達研究センター報告”、“こどもクリニック通信”、“療育ちえぶくろ”をご参照されたい。

IV.“図星を言う”とは

“図星を言う”とは、大人が児の気持ちを読んでそれを代弁してズバリ言い当てる事です。図星を言われた子には「自分の事はよおく分かってもらえてる」という気持ちが湧き上がり、「分かってくれている人は良い人だ、信頼できる安心な人だ、だからその人の言う事をしっかり聞こう」という思いに発展します。聞く意欲が高じれば“聞く耳”ができて、その人の言う事を受け入れる事が増えて大人は聞き分け良い子と思えるように成ります。相手の言う事を聞く事がコミュニケーションの始まりです。
“図星を言う”を言われた子には「他の人は自分をそういうふうに見ているんだ」「自分は他人にはそう思われてるんだ」という思いが生じます。これは自分自身の気付きを促し、自分を外側から見る能力を育てる事に成り、自己対象化の発達を促します。
子どもと大人の違いの一つは子どもは自己対象化が未熟で大人は自己対象化ができていると言う事です。ですから、子どもを育てると言う事の中身の一つは“自己対象化を育てる”です。
大人が「頭の仲、真っ白でした」と言い訳する事がありますが、これは「自己対象化ができなくて子どもに成っちゃった」と言う恥ずかしい姿です。
大人と子どもの違いの更なる一つは自己指令による自己制御つまり分別我慢を身に付けているかどうかです。自己制御するには自己対象化が必須です。
ですから“図星を言って自己対象化を育てる”は分別我慢の心を育てる事にも成るのです。

V. “分かってもらえてる感”とは

楡式療育における重要な獲得目標の一つは児の心の中に「お母さんお父さん(療育の)先生には僕(私)の気持ち、僕(私)の事をよおく分かってもらえてる」と言う思いを作る事です。
これは大人を治療対象にした臨床心理学の専門用語で言う“受容”と言う語を多くの普通の人のお母さんお父さんが了解できるように“分かってもらえてる”と言う言葉に置き換え、臨床心理学で重要な治療の元である“受容されてる感”を臨床心理学を余りご存知ない普通のお母さんお父さんにも分かってもらえるように“分かってもらえてる感”と言う言葉に置き替えたと言う事なのです。
“分かってもらえてる感”はコミュニケーションが上手く行くためには必須感情です。
何故なら、人間誰でもコミュニケーションつまり付き合い交渉駆け引きをし易い人としにくい人がいます。コミュニケーションし易い人の特徴はツーカーの仲、阿吽あうんの呼吸の人で、言い換えればお互い良く分かり合いっこができている、更に言い換えればお互い“分かってもらえてる感”を持っている仲です。
誰でも自分の事をよおく分かってくれている人に対しては信頼感を持っているものですから、付き合い易い、関わり易い、コミュニケーションし易い人と思うのが常です。
“分かってもらえてる感”がある人に対しては心を開いて、その人の言うことを聞こうとする気持ちが増すものです。相手の言う事を聞こうという気持ちがコミュニケーションの前提です。

VI.療育経過中の個別記録から抽出したエピソードとその解説

3歳3ヵ月
登園するとテンション高く「キャーキャー」言いながら走り回りお友達を押し倒したり髪を引っ張り、唾吐きをして皆の反応を楽しんでいる。
他児に手が出てしまう場面が登園時のホールと帰りの身支度の時に固定してきているので、職員と母でH君の「まだ、遊びたくて帰りたくない」気持ちを代弁し「優しく、ピンポン」の動作を学んでもらうようにした。
尚、「ピンポン」とは、朝のお名前呼びの時、担任あるいはそばに付いている母親が「ピンポーン」と言いながら人差し指で次の子に軽くタッチするのを提示し、本人が自らできるよう促して次の子に『次はあなたよ』を知らせ心構えを持ってもらう方法である。
他児と遊びたいのにどう関わって良いのか分からなくて、相手を押したり叩いてしまったりする子に対して、職員がその子の押す叩く行動を見越してその直前に「~くん、あるいは○○ちゃん(相手の子)、ピンポーン、あそぼ~」と言いながら人差し指タッチをしてモデル提示をし、遊びに誘い両者の遊びの仲介をする。成功体験を積んでその子が自分で他児を遊びに誘う合図として「ピンポン」ができるまで支援している。
母と手をつなぐことを嫌がって「ママあっち」と振り払う。
朝の会では着席せず一人で遊ぶが呼名に返事はする。
帰りの会では走っていたが、歌は担任と一緒に座り何となくメロディーに合ってハミングする。
担任の「待って順番」の声掛けに待てる事もある。
 
3歳4ヵ月
テンション上がると唾吐きしたり、他児の行く手をふさいだり、ボールを投げつけたり、逆走したり、順番が待てなくてフライングする。
クラスメイトに大きな声で「止めて、使ってる」と言われ、いじけてピアノの下に隠れた。
朝の会での着席が増えた。
粘土では職員の手本を真似し取り組んだ。
 
3歳5ヵ月
「もう一回」「一緒に座って」「いちごアイス下さい」など二語文三語文に加えて助詞も発するようになった。
何故か分からなかったが腕を組みほおを膨らませているので職員が「怒ってるんだね」と声を掛けるとうなずいた。「先生が代わりに怒るからお茶飲んで」と言うとスンナリ飲んで再び怒ってるポーズをした。
 
3歳6ヵ月
ボールプールでは母の顔をねらって思いっ切りボールをぶっつけ反応を楽しんでいた。
朝の会の流れに沿って終わりまで参加した。
スライム作りでは素手でなく「道具欲しい」と要求してヘラで混ぜた。これは苦手な事をしないで手の代理を使って目的を果たしたということだから、本児はなかなかの知恵者と言える。
親子遊びは積極的にルールを守って楽しんでいた。
 
3歳8ヵ月
興奮した行動を担任に止められた時の唾吐きや叩く行為は無く担任への信頼感が増して来たと思われたが、自分の思いが担任に伝わらないときは唾吐きする。
行動予定を事前アナウンスするとやりたい事に走らずに我慢ができるようになった。
横になっている子に「どうしたの?」と心配そうに他者を気づかう声掛けし、お世話するようになった。立って排尿ができるようになった。
母は「楡に来てから唾吐きや自分より小さい子をねらって叩いたり蹴ったりしてたのがグッと減ってホッとしてます。でも、テンション上がって大声て騒ぐのはなくして欲しい」と述べた。
 
3歳9ヵ月
ままごとで他児が使っているフライパンを取り上げて泣かせてしまったので職員が「欲しかったんだね、返そうよ」と“図星を言って叱る”をした所、『ちょっと待って』と言ってからティシューを取りに行き、戻って来て泣かせた子の涙を拭いてフライパンを1分ほど使ってから返しに行けた。
順番を待つ時は自分で「1、2、3~」とカウントアップして待つことができる。
興奮した時に「キック」「パンチ」と呟くだけで手や足は出ない事がある。これは行動を言語化して好ましくない行動を抑制できるように成った。つまり、キックパンチしたつもりの表現だから「顔で笑って心で泣いて」と言う二重性を理解していることになる。これは普通4歳以降に芽生える智恵の獲得である。
 
3歳10ヵ月
朝の会のお当番を自発的にする。
動物公園に行ってエサ代を渡されると「お金大事」と言って受け取り、エサを買い「食べて」と言いながら山羊に与えた。
二人一組の駆けっこではゴールして「勝ち?」と担任にきいた。
玩具を他児に「貸して」と言われて「いやだ」と渡さない場面と「いいよ」と言って渡せる場面がある。
 
3歳11ヵ月
おしゃべりが上手になって止まらず「なんで」「どうして」の質問が続いた。
テンション高く大きな声を出してGくんに「うるさい」と言われて余計大声を出した。
 
4歳
お友達とホールで走って楽しくなり床をなめる行為が出たため、職員が母からタオルを受け取って児に渡すと児はタオルを噛んでなめる行為はしなくなった。これは床をなめるという好ましくない行為をタオルを噛む行為で代替えできた、つまり舐めるよりは好ましい行動に変える事ができた形の“好い事作り療法”成功例である。
担任がじょうろで高い位置から水を流すと自ら頭を濡らして喜ぶ。おしまいの声掛けをすると「やだ、まだ遊ぶ」と言ったが、担任が「まだ遊んでいたかったよね、また今度できるからね」と声掛けし「一緒に10数えよう」と言い10数えると次の遊びに移れた。これははまっている遊びから次の行動にスムーズに移れるように誘導する療育技法である“図星を言って叱る”と“カウントダウン”の成功例である。
給食時、泣いているY君に「よしよし、いい子ね」と頭を撫でていた。
トランポリンから他児を押し出したり服を引っ張って倒したりと力のコントロールが出来ない様子が見て取れた。
 
4歳1ヵ月
「せんせー、いーい?」と許可を求める姿があった。
よだれが垂れて来るほど集中して遊んでいた。
 
4歳2ヵ月
気持ちの切り替えが早くなって着席しなければならない時、自ら「よい子(だから)座る」と自己説得して着席した。
砂場でスコップを使い穴掘りをしている時、他児がスコップを使いたくて黙って持って行こうとすると言葉で上手に「使ってるから」と伝えられた。
職員に「一緒にあそぼ!」と誘った。
うまく行かないと「もう!知らない!」といじけたが乱暴はなかった。
登園バスの中で母に「ママ嫌い、あっち行って」と言って母を蹴ったり車内を歩き回ろうとした。
シール貼りの際に職員が渡したシールを「やだ、アンパンマンがいい」と言葉で伝えた。
 
4歳3ヵ月
表情が険しく乱暴が目立つので、母が「やさしくね」と声掛けるたびに『ちがう』と叫び、泣いている子を見つけると体当たりしてさらに泣かせた。
滑り台遊びの際、担任がおしまいの声掛けすると自分で10数えた後に2回滑って止めた。
先に公園に行ったお友達に追いつこうと走って「みんなあ、HとMちゃん行くよお」と叫んだ。
豆をボウルに入れ「コーヒーやさんでーす」と始めるので担任が「コーヒー1つ下さい」と言うとコップに豆を入れて「どうぞ」と。別のコップを「これちょうだい」と伝えると「やだ」と言うので「沢山あるから1つちょうだい」と伝えると1つ選んで「はい」と渡した。コーヒーをたくさん作ると他児や母にも配った。
「どこ?」の疑問詞を発した。
車に乗ってわざと他児の車にぶつかって楽しんでいる時、職員が「事故だ。パトカー」と言ったらハッとして止め「まずい」と言うような表情をした。
転んで泣いている子にティッシュを持って行き「泣かないで」と言った。
滑り台は順番を守って滑っていた時、割り込んで来た子に「階段並ぶんだよ」と諭した。
バイキンマンに成り切って戦う際、キックが当たらないようにして楽しんでいた。
 
4歳4ヵ月
ままごとの包丁を持って走り「H、はんにん」と言って追い掛けて欲しい事を表した。テンション高く唾吐きや母の顔を叩いたり他児を叩こうとする姿が目立つ日があった。並ぶ際に他児を突き飛ばしたため担任が「順番に」と促すと「うるさい、ならばない、
やりたくない」と言って担任を叩き出したので、「先生とママなら叩いていいんだよ、お友達に八つ当たりするより、先生を叩いてね」と手を差し出すと、母の足にしがみついていじけた。
 
4歳5ヵ月
「先に少し遊んでからトイレに行く」と伝えると『今行く、N先生と約束したから』と自らトイレに行った。
言葉で担任をおちょくった。
 
4歳6ヵ月
「パワーが出ない」と言って寝そべって遊ばなかった。
Hが手をグーにして振り上げ他児が怖そうに頭を低くすると叩いてしまうことがあったので、グーにした時に職員が「Hちゃん、グーにすると怖いみたいだよ」と声を掛けると職員を見て振り下ろすのを止めることができた。
「競争するぞ」と言って児は大きな立派な車で職員には「先生はこれ」と小さなものを渡して競争した。職員が何度も負けて悔しがると「じゃこっち使っていいよ」と大きい方を渡してくれた。
 
4歳7ヵ月
自分は王子様に成り切り、担任に「お姫様踊ろう」と誘った。
身支度の際はテンション高く一生懸命しゃべりながらもスムーズに一人で行った。
テンション上がって他児にぶつかりに行った後、「ドキドキしたから」と気持ちを担任に伝えた。
服を脱いで走りだしたので担任が「シャツ着よう」と言うと『嫌だ』と答えるも、「長袖でもいいよ」と言うと『これ着る』と着て走り出した。これは不適切な行動を代替品で適切な行動に導く“好い事作り療法”の中の一つの療育技法の成功例である。
時々テンションが上がり持った物を他児のそばで振り回そうとするので「K君びっくりしてるよ」と声をかけると気づいて力を弱められた。これは頭ごなしに禁止を指示するのではなく、児の困った行動が他人に与えている影響をアナウンスする事で児に自分が他人に迷惑を掛けている事の気づきを導いた結果、児の困った行動の抑制を図れた点が“好い事作り療法”の神髄である。
朝の体操のリズムで参加している途中で職員のエプロンを噛むため「タオル持って来る?」と訊くと、『うん』と言って自分でタオルを出して噛んで参加した。これは禁止しないで“やっても無害の行動”を作れたと言う事である。
 
4歳8ヵ月
T君に車を取られてしまう場面があったがほっぺを膨らませて怒って終った。これはふくれっ面で憂さ晴らしできたので手が出なかったと言うわけである。
ミニカーでの一人遊びをしばらくやった後、持っていた車を叩きつけたので担任がレース遊びを提案すると、乗りもよく楽しんだがテンション上がって他児の頭上を飛ぶなどハードになった。担任が「車に羽はないよ」と声をかけると行動を切り替えられた。これは「止めなさい」と言う禁止なしに好ましくない行動の消失を導けた点に意義があった。
 
4歳9ヵ月
サーキット遊びでは「Hは赤い車の犯人。先生はパトカー。逮捕してえ」と難しい言葉を発して成り切り遊びをした。
公園で一人でネット橋ができることが嬉しい様子で「4歳だからできるんだ、かっこいいでしょ」と自慢した。
工作の時間には落ち着いて担任の説明に注目して上手に制作できた。
降園の際、担任に「明日はブロックで遊ぶ」と翌日の自分の行動予定を伝えた。
朝の会から公園に出発するまで他児のペースと変わらず準備できたが、靴下に手間取った時は「ちょっと待ってて」と言い、玄関で「先生、トラック持って行っていい?」と許可を求める事ができた。
アニメのキャラクターに成って実際に叩くことなく戦いごっこをした。
「せんせいいっしょにやろう」「せんせい見てて」と誘った。担任に自分の模倣遊びを要求し、担任が応じるとすごく満足した。
 
4歳10ヵ月
ホールに出る時の出発の声掛けに「らじゃー」と言ってホールに出た。
他児と走り回り母の声掛けには耳を貸さない時、職員が「座ってお話しよう」と声をかけると座って自分の気持ちを言葉にして伝えた。
リュックを背負って「学校行ってくる」と登下校ごっこをした。
担任の指示に従っての切り替えがスムーズになって来た。
使いたい道具を以前は横取りしていたが他児が使い終わるまで待つ事ができた。
他児に「道路作っていっしょにあそぼう」と言うが、その子が他の所に行ったことで「なんで一緒に遊んでくれないんだろう」と嘆いた。
 
4歳11ヵ月
怪盗キッドに成り切り「ダイヤを盗んだ」「ダイヤここにないよ」「ダイヤこれだよ」など台詞を言った。
他児に先を越されて走るが追い付かず「負けちゃったよ」と嘆いた。
朝の会でテンションが上がり他児と他児の母に向け唾を吐いた後で「悪い」とは思っている様子が見られた。
他児が前にいたり行きたい所にいるとつい手が出てしまうことがあるが、自分で違う方へ行ったり手を出さないこともできている。
唾吐き始めた時にタオルを渡すと、その後唾吐きしたくなると自分でタオルを噛むこともできる。
公園に向け出発を促すがあえて職員の言う事を聞かない様子で出発を渋ったので、「いいよいいよ。公園行きたくないんだ。お部屋に居よう」と言うと、かえって『H行きたい』と言って準備を始めた。これは“図星を言う”をして児の心中に“分かってもらえてる感”つまり“受容されてる感”を作れたので、反抗的態度を好ましい行動に変更することができたと言うわけである。
お友だちに何回も誘われた時「今遊んでるから」と言葉で断れた。
朝の会に機嫌よく参加、名前呼びに応じ手遊びも歌いながら行っていた。
人形を落としたクラス児に拾った人形を渡して「ちゃんと持ってるんだよ、大事だからね。」と諭した。
 
5歳
なかなか終わりにすることが出来ずにいたが自分で「20」と決め、20カウントして終わりにする事が出来た。
シャベルを杖のようにして歩いているので職員が「おじいさん」と声を掛けると、腰をまげ口調を変えおじいさんに成り切った。
ブルーシートの下に入りたくて「1回だけお願い」と言って入り約束通り出て来た。
プールの準備を見て「手伝う」「これやったら終わる」となかなか気持ちが切り替えられないまま水浸しになった。
5歳1ヵ月
おしまいの声掛けの際に担任が「あと何回する?」と訊くと、「あとこれ(10)」と手を開いて終了目標を伝えて来たので担任が数えると、数を気にして10カウントで自ら片付ける事が出来た。
他児に見本を見せる教える事に意欲的で、朝の会でなかなか入室出来ない子を部屋に案内したが、入室出来ない子に「どうしていかないんだろうね」と担任に言った。教える行為は教えて上げる意識と共助精神の現れであるので、好ましい社会的行動である向社会的行動の獲得を意味する。

VII.まとめ

1.入園から現在までの楡式療育によって促された発達の姿と考察

○唾吐き
入園時から唾吐きがあり要求が通らないとき、嫌なことがあったときや不安なときにホール・クラスの中や他の児、お母さんの方に向かって唾を吐いていました。
対応として職員はタオルに唾を吐くよう声をかけ、“やっても無害に”に取り組みました。
“やっても無害に”とは、H君の唾吐きは憂さ晴らしと捉えられましたので、禁止のしつけ教育では逆効果と考えました。唾吐きに「ダメ」を伝えれば、「憂さ晴らししちゃいけない」と言うことになります。人間誰でも憂さ晴らしを禁止されたらますます憂さが溜まるものです。ですから、禁止しないで唾はタオルに吐くように導き、唾が人にかからないようにしました。こういう方法を楡の会では“やっても無害の憂さ晴らしを作ろう”の実践としてやっています。
人に唾を吐いた後に反応があるとエスカレートするためクラスのお母さん方にはリアクションしないよう協力をお願いしました。
年少時(4歳7ヵ月)には落ち着き、ほとんど唾吐きが見られなくなりました。不安なときはH君から「たおる」と要求して来て安心グッズにもなっていました。
年中(4歳8ヵ月)になりクラスが変わると大きな不安から唾吐きが多くみられましたが次第に落ち着いて来ました。とっさに言葉にできない思いを唾吐きで表しているのではないかと推測しました。
 
○周囲の人を押す・叩く
年少時(3歳8か月~4歳8か月)は登園後に気持ちが高ぶり、走りながら周囲の人を叩く姿が見られました。また他児と遊びたいときや追いかけっこで力加減ができずに押し倒して相手の上に乗る、自分の遊んでいた玩具をとられると叩くことがありました。
対応としては、遊びたい、追いかけっこのタッチは人差し指での「ピンポン」をモデル提示し、声掛けをしました。
「ピンポン」とは朝のお名前呼びの時、職員あるいはそばに付いている母親が「ピンポーン」と言いながら人差し指で次の子に軽くタッチするのを提示し、次の子に『次はあなたよ』を知らせて心構えを持ってもらう方法ですが、一番の目的は子どもが他児とのコミュニケーションの手段・方法として自ら軽いタッチ(ピンポン)ができるように仕向けて「ピンポン」を習慣化することです。
他児と遊びたいのにどう関わって良いのか分からなくて、相手を押したり叩いてしまったりする子に対して、職員がその子の行動を見越して押す叩く直前に「~くん(相手の子)、ピンポーン、あそぼ~」と言いながら人差し指タッチをしてモデル提示をして遊びに誘い両者の遊びの仲介をします。成功体験を積んでその子が自分で他児を遊びに誘う合図として「ピンポン」ができるまで支援します。
H君がおもちゃを取られた時は職員が「使ってたよ」と直ぐにH君の気持ちを代弁し、相手の気持ちも代弁してH君に伝えました。
年少時(4歳1ヵ月)から次第に、登園後に叩くことはなくなり遊びたいときはお友達にも大人にも「いっしょにあそぼう」と言葉で伝えることができるようになりました。追いかけっこの場面では最初は優しくタッチができますが楽しくなると次第に力が強くなり押してしまうため、現在も「ピンポンで、優しくね」の声掛けをすることで押すことは減少しています。
年少時(4歳4カ月)、おもちゃを取られた時は「あー、Hがつかってた」と言って悲しい表情をして大人の顔を見ます。大人が仲介することで返してもらうこともありますが、年下のお友達だから貸してあげてほしいことを伝えると無言で自分の遊びに戻るときや「Hあげただけだよ」と言って遊びを再開することがあります。
 
○13時頃から叩く、物を投げる
年少時期(3歳8か月頃)から午後の自由遊び時間後半になると周囲の人を叩く、押す、物を投げる行動が見られました。遊びが楽しく力の加減ができないこともありました。
対応としては、H君が自分の状態を分かるよう「楽しくなってるよ、疲れたね」と図星を言う形で伝えていきました。
また、作業療法セラピストと情報共有した際、H君の疲れや眠気から体のコントロール制御が難しくなる時間帯に寝ないように自ら刺激を入れているのではないかと言うことになって、降園前に担当職員とH君の一対一でH君の選んだ遊びをしたり、ゆったり落ち着いて一緒に過ごせるようにしたリラックスタイムを設定して現在(5歳2ヵ月)までで続けています。
年少時(4歳6か月)から、落ち着いている時に「つかれた」「ねむたい」や「パワーが足りなくなっちゃう」と言う姿が見られました。
現在は自由遊び終了間際に他児を押す姿も見られますが、H君が降園前にリラックスタイムで遊ぶことに特別感を感じ、その時間を期待して遊んでいます。
 
○朝の身支度
年少時(3歳9ヵ月)にH君は登降園の身支度や着脱は一人でできますが、「○○するよ」の声掛けには「ママ!ぜんぶママ!」と言い職員が手伝おうと「やめろ!ママが!」と怒っていました。これはママだからこそやってほしい、思いを受け止めてほしいという気持ちの表現と解釈しました。
対応として、母が「特別だよ」とH君の思いを受け止めることでH君の“分かってもらえてる感”、満足感を作りを継続してきました。
現在も「ママやって」と言う姿が多くありますが、母の「Hどれか一つやって」の声掛けに、職員もH君の今はハマっているポケモンを活用し「ピカチュウお願い、できるかな」と乗せることでH君が全てやることができる日も出てきました。
単独日の身支度は一人で全て行い「自分でやったよ」と職員に自慢しました。翌日職員が母のいる前で「昨日上手だったもんね、ママにも見せてあげたら」の声掛けと次に行う提示をすることで前日の様に一人で行うことができました。今は単独日は一人で行い、母子日でも自分で行うことが増えてきました。
 
○遊び
5歳になった最近では自宅でも一人でごっこ遊びをしていると母談。
豆遊びではボウルとカップを使いコーヒーを作ってお店屋さんになり周りの大人に配って遊びます。
クラスでの買い物ごっこもお金を払うことも理解して楽しみ、「これちょうだい」と言ってお金を渡すふりをしてやり取りを行うことができます。
お化けや犯人と警察になって追いかけっこをしたりH君の考えたストーリーを話して楽しむことができます。
感触遊びでは手にベタベタとつくものを嫌がり「これつかない、これつく」と叙述の言葉を発しながらつかない粘土を選んで遊んでいます。
トレイに粘土を並べてパン屋やカップに入れてミルク屋さんなどになりきり、ごっこ遊びも楽しんでいます。
単独日にはお友達に「一緒に遊ぼう」と声をかけますが、相手が応じてくれないときには玩具を投げて興味を引こうとする姿も見られます。職員が介入し他児の思いを伝えることで落ち着いて気持ちを切り替えることもできますが、遊びたい思いが強く気持ちが切り替えられない時は玩具を投げる姿も見られます。落ち着いているときには「なんで遊ばないの」と大人に聞くこともありました。相手の思いを伝え、職員と遊ぼうと声をかけると応じて遊ぶことができます。
 
○自分のやりたいタイミングでやりたい
クラスではシール帳を配られる時や、活動中の順番では「一番が良い」と言うことがあります。
年少時(3歳8か月頃)には自分の遊びたい、参加したいタイミングに他児がいたときはその相手や母を叩いていました。
年少時(4歳5カ月)からいじけたり、「もういい」とふて腐れて部屋の端に行くことが多くあります。落ち着いた後は自分で戻るタイミングを見つけられず、職員や母の「○○やる?」等の声掛けに「やらない、やる」と応答し、声掛けとH君のタイミングが合うと集団の流れに参加することができるため、本児の落ち着きや切り替えを待って声をかけています。
「もういい」は言葉による憂さ晴らしですから、唾吐きなど好ましくない行動による憂さ晴らしから言葉によるマイルドな大人的好ましい憂さ晴らしに発達しました。
 
○言葉のやり取り
わざと職員と母を言い間違えて甘えるふりをしたり、職員の冗談も理解して言葉のやり取りを楽しむことができます。
要求や思いが言葉で伝えられるようになってきたHくんですが遊びの中で「殺すぞ、死んでもいいのか、撃つぞ」というようになっています。
「殺すぞ」「死んでもいいのか」はブラックジョークで相手をギクッとさせて楽しんでいます。普通の冗談はホワイトジョークで、幼児のユーモアの発達はブラックからホワイトへの道筋を取るのが常です。
職員が「泣いちゃう」と言って泣きまねをすると楽しくなり笑って「H死んじゃうから、H死んだら先生なく?」と職員の自分への思いを試していました。
泣きまねはツッコミで、「死んだら先生泣く?」はツッコミですからH君はかなりレベルの高いユーモアを発揮しています。
遊んで楽しくなりお友達を叩く、押してしまったとき「知らないママがやった」とはぐらかす姿も見られました。これは幼児期に誰もが通過する発達の姿で、見え見えの嘘で身を守ろうとする未熟な知恵の表現です。
4歳8か月頃には、年下の児がいるため、H君ができたことに「かっこいいね、お兄さんだね」と声をかけると「かっこよくない!」と否定しました。これはお兄さんになりたくない甘えたい思いがあるのではないかと考え、その後しばらく「お兄さん」は使わずむしろ甘やかす気持ちで褒めることを継続しました。すると最近では「お兄さん」と言っても怒らずに活動しています。
5歳になってからは年下のクラス児に「見ててね」と箸を使って給食を食べる見本を見せたり、立ち歩く児を迎えに行く姿があり、見本の真似をされた時は嬉しそうな表情を見せていました。これは“教えて上げる”行為で指導意識の表れですので、好ましいコミュニケーション意欲と行動、つまり向社会的行動を身につけたと言えましょう。
H君はよくRちゃんの面倒を見ているため、ある日Rちゃんのお母さんに「明日、Rも単独だから、HちゃんRのことよろしくね」と言われました。帰宅してH君はお母さんに『RちゃんのママにRちゃんよろしくね』って言われたと報告したとの事でした。
 
○朝の会
単独日の朝の歌でピアノを弾いたり、シール帳貼りや絵本読みのときは着席して参加しています。
母子日には青いマットの場所でコップで遊んだり職員と話すことに夢中になっていることが多いですが、シール帳やお名前呼びをやるか聞くと安心グッズとしていつもポケットに入れているハンカチを出し、それを擬人化してハンカチがシール貼りをしたり名前呼びに返事する形で参加しています。
物の擬人化は物に命があるような表現ですから発達心理学ではアニミズムと言い、4~5歳児が獲得した空想力想像力創造力の心的発達のあかしです。
 
〇総括
親御さんが困っていた事つまり主訴は大分改善しました。
社会的行動の分類用語で言うと、言葉が遅い、奇声を上げて落ち着きなく動き回る、団体行動が取れない、興味のある事しかしない、切り替えが遅い、は我が道を行くマイペースな行動ですから非社会的行動です。
唾吐き、手が出る、は他人を害する行動ですから反社会的行動です。
この二種の好ましくない行動は好ましい行動即ち向社会的行動である他者を気づかう、面倒を見る、指導する行動の出現増加に伴って減少しました。これは児の心の中の自己中心性が減った結果と言えます。
子どもの心理学つまり発達心理学の開祖であるピアジェは反抗期の2~3歳の子が4~5歳に成って落ち着くのは、自己中心性つまり自分第一主義が減って、愛他行動つまり他者を愛でる大切にする気持ちが芽生え、それに基づく行動が増えるからだと説明しています。愛他行動とは向社会的行動の別称です。
楡式療育によってH君の心の中に聞く耳、コミュニケーション意欲、自己対象化、自己説得、分別我慢を育てられたからこそ、困った行動を減らし、好ましい行動を育てられた、と言えましょう。

 

2.表

年少時(3歳8か月~4歳8か月)

〇考察

◆取り組み

現在(5歳2か月)

唾吐き

要求が通らない・不安・八つ当たり床や人に向かって吐く。 ○言葉にできない思いを表している、どうしていいかわからない。唾を掛けた人のリアクションを見て楽しんでいる。

◆本児の気持ちの代弁と共にタオルに吐いてOK(母の協力が不可欠)。クラス児の母達にリアクションをしないよう協力を求める。

・ほとんど見られなくなった。要求は言葉で表現し、不安なときは母の傍に行き安心作りをする。咄嗟に思いを言葉にできないときは唾吐きで表すことがある。

叩く・蹴る

要求が通らない・嬉しい・楽しい・嫌なことがあったとき、その相手や周囲の人に向かう。 ○言葉で表せない思い、「嫌だ、楽しい、嬉しい」時に力が入った時の発散方法。力加減ができない。

◆本児の気持ちの代弁。力加減として遊びたいときは「ピンポン」のアナウンス。

・「嫌」はほとんど言葉で伝えることができる。「ピンポン」の声掛けで加減ができるが楽しくなりすぎると押し倒す。

・年下の児には優しく接することができるようになっている(物を貸す)。

午後の行動変化

自由遊び時間後半になると周囲の人を叩く、押す、物を投げる。 ○H君の疲れや眠気(覚醒低下)から力・体のコントロール制御が難しくなる。寝ないように刺激を入れている。

◆H君が自分の状態を分かるよう「楽しくなってるよ、疲れたね」と伝える。本児も落ち着いて遊べるリラックスタイムを取り入れる。

・自由遊び終了間際には他児を押す姿が見られる。「つかれた・ねむたい」「パワーが足りなくなっちゃう」と言う姿が見られる。リラックスタイムを「今日遊べる?」と聞いて落ち着いて遊ぶ。

身支度

アナウンスに対して「ぜんぶママ!」と言い、職員が手伝おうとすると「やめろ!ママが!」と怒る。 ○職員ではなく、大好きな母に受け入れてほしい、自分の思いを聞いてほしい。

◆母が「特別だよ」と本児の思いを受け止めることでわかってもらえてる感、満足感作りをし、本児に恩を売る。

・母子日は「ママやって」と言う姿も多くあるが、好きなキャラクターと一緒にやったり、単独日に一人でできたことを自慢するように母に見せることもある。