場面緘黙 16人の心 ~話せない・話さない~
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楡の会こどもクリニック通信第39号(2021年4月)
場面緘黙 16人の心
~話せない・話さない~
石川 丹
(こどもクリニック名誉院長 2021年4月末日で退任)
要旨
場面緘黙の子どもの心理要因は、精神医学の教科書や世界的に用いられている精神疾患の診断の手引きによると、不安とされています。が、筆者が診療した16人では7人(44%)と半数近くが、不安のために話せないと言うよりも、「話さないもん」と決めて、つまり信念を持って堂々と話さない子でした。
16人中13人(81%)が女児でした。
発症時期判明の14人では入園就学進学を契機とした子が11人(79%)でした。
発症は話せない子では幼児期が多く、話さない子では学童期が多かった。
場面緘黙の定義と二つのタイプ
標準精神医学と言う教科書1)には、場面緘黙とは特定の生活領域でのみ自発的発話が困難に成る状態を言い、学校などの特定場面での不安緊張のため緘黙によって身を守ろうとしている、と書かれています。
精神疾患の診断にあたって国際的に用いられているのはアメリカ精神医学会による精神障害の診断と統計マニュアル第5版 2)と言う本ですが、この本では場面緘黙は選択性緘黙と称され、不安症(いわゆる不安神経症)に分類されています。
このように医学の世界では緘黙の子がある場面では話さない原因は不安心理とされていますので、そう言う子は話そうとすると心がオロオロオタオタ不安定に成り話せなく成ってしまう子、話したい、或いは話さねばならないけど話せない子と言えます。
不安のために精神的あるいは行動上の問題が生じる場合は不安神経症と称する疾病です。ですから、治療が必要です。ところが、筆者の所に受診して来る子の中には心の中で「話さないぞぉ」「話さないわよ」と決めて、つまり信念を持って話さない子がちらほらいます。こう言う子は話したくないので話さない子と言えます。
自信を持って行動するのは通常は立派な社会的行動ですから疾病とは言えませんが、話すと言う行動をしないのは本人にとっても周りにとってもコミュニケーションし難く成るので困った行動です。ですから治療の対象です。
本稿では不安で話せない子、信念を持って話さない子、の16人を紹介します。
不安で話せない子の心
不安が大きく成った子は、一番の安心安全基地である母にべったりくっ付く、お漏らし、寝言、指しゃぶり、人見知り、爪噛み、チック、恥ずかしがり屋、固まる、引っ込み思案、過呼吸、倒れる、腹痛、頭痛、喉が締め付けられるように痛い、吐き気、食欲不振、生真面目、上がり性などの特徴を持っています。
信念を持って話さない子の心
「話さない」と決めて話さない子の特徴は、気が強い、我を張る、自己中心性が強い、感情の起伏が大きい、拘りが強い、頑固、固まる、嵌ればいつまでも、やろうと決めた事はきちんとやる、しないと決めたら頑としてしない、切り替えに時間が掛かる、癇癪、奇声、物を投げる、物や人を叩く、などです。
場面緘黙への心理療法 3)
不安で話せない子には“安心作り” 4) が、信念を持って話さない子には“我慢作り” 5)が治療の焦点です。
“安心作り”は親が子の心を読んだら代弁して“図星を言う”をして「君の事は良く分かってるよ」を伝え、子どもの心に『ママ(パパ)は僕(私)の事、よく分かってくれてる。だから、ママ(パパ)は安心安全基地だ』の安心意識を育てる方法です。 4)
“我慢作り”は大人が子どもを褒める時「良い子の○○君(ちゃん)に成ったね」と言って褒め、良い子を演じる意識を作る事によって『やりたくないけど我慢してやって、「良い子だね」と褒めてもらおう』と言う我慢した上でやる気を育てる方法です。 5)
筆者は初診時に上記心理療法を親子同席で説明し、お薦めしています。
16人のまとめ
初診時年齢は4歳1ヵ月~15歳7ヵ月、女児13人(81%)男児3人(19%)と女児が多くを占めました。
発症時期が判明したのは14人で1歳7ヵ月~13歳8ヵ月でした。
話せない子は9人(56%)、話さない子は7人(44%)、話さない子は4割もいました。
話せない子9人の内の女児は7人(78%)、話さない子7人の内の女児は6人(86%)で共に女児が多かった。
発症時期判明の子は話せない子8人と話さない子6人の計14人で、その内保育園入園幼稚園就園後、就学後、中学入学後などの環境変化を契機とした子は11人(79%)と多く認めました。
話せない子8人の発症は1歳7ヵ月~13歳8ヵ月で、幼児6人(75%)小学生2人と幼児期が多く、発症時平均年齢は5歳2ヵ月でした。
話さない子6人の発症は4歳0ヵ月~12歳4ヵ月で、幼児1人小学生4人中学生1人で学童期が5人(83%)と多く、発症時平均年齢は7歳0ヵ月でした。
発症は話せない子では幼児期が多く、話さない子では学童期が多い、と言う結果でした。
発症時期判明の14人
話せない子8人
・4歳1ヵ月男児
母にべったりくっ付いたままオズオズと入室。3歳3ヵ月に就園してから家では話すのに園では話さない。
4歳6ヵ月
公園で級友に会うも喋らず、母に囁いて母が通訳している。母が代弁できないとモジモジしている。
4歳10ヵ月
発表会の劇はジェスチャーを一杯取り入れてくれたお陰でやれた。
6歳0ヵ月
幼稚園でジェスチャーが増えた。
6歳8ヵ月
就学後は先生が絵カードでの返事をOKしてくれ、積極的に筆談もしている。
7歳4ヵ月
小2、話さない事以外は普通。
7歳10ヵ月
九九の授業は家で録音し教室で再生発表の形にしてもらえた。
8歳2ヵ月
友達の家でのゲームでは話す。診察室では話さない。
・4歳2ヵ月女児Mちゃん
1歳7ヵ月から保育園に入ってずっと喋らない。家族以外とは恥ずかしがって話さない。母が迎えに行くと機関銃のように喋る。保育士に「頂きますと言わないと食べれないよ」と脅された時は小声で『頂きます』と言った。保育園でお漏らしが毎日1~2回あるが家ではない。偶に寝言を言う。
4歳4ヵ月
入室して椅子に座って「Mちゃんの所にこういう椅子あるよ」と呟いた。筆者への緊張が減ったと解釈された。保育園では脅しを止めてくれた、と。登園渋りがあったので質すと、前日にお友達に「貸して」が言えなかったのが理由だった。
4歳5ヵ月
入室して母のメモを取って筆者に渡そうとするので、筆者が手を出すとさっと引っ込めた。その後、玩具を見て「プリキュアの~みたい、ああ可愛い」、紙と色鉛筆を取って「あっちのテーブルで描く」など良く喋る。
4歳7ヵ月
保育園で昼寝の時に自発的に「お休みなさい」を言えるように成ったが、他は全然喋らない。お漏らしをまたするように成った。
4歳11ヵ月
入室して保育園での出来事をお友達の名前を出して話してくれる。
5歳2ヵ月
運動会ではリレーも踊りも全然しなかった。
5歳4ヵ月
発表会では台詞の無い役をした、歌は歌わないで立って居た。
6歳8ヵ月
就学して登校渋りがあったが友達と行けている。学校では全く喋らない。
8歳11ヵ月
やはり学校では喋らないが、診察室では良く喋る。
・5歳11ヵ月女児
母の足にしがみ付きながら入室、母の陰からチラチラ筆者を見ていた。
3歳から新奇場面で固まって喋らないのがあり、4歳就園後も目立ち、見知らぬ人に声を掛けられるなど急な状況変化では固まっていた。未だに指しゃぶりがある。
入室後徐々に緊張が解け看護師と遊んでいたが、筆者が「そろそろお終いですよ」と声掛けすると途端に固まり、母の足にしがみ付きながら退室した。
6歳0ヵ月
母は「先生が教えてくれた通りに就学前二次試験の予行演習しておいたら固まる事はありませんでした」述べた。
6歳3ヵ月
卒園式でのリレー式発言は出来たが、初めてのホテルでの謝恩会では固まって食べなかった。
6歳5ヵ月
就学1ヶ月、登校の際に母が送るように要求するので応じている。教室で固まったりお漏らしする。
6歳6ヵ月
授業中でもトイレに行けるようにして貰ったらお漏らしはなく成った。
7歳0ヵ月
学校で母が傍に居るように要求し、母が帰ろうとするとしがみ付くのでずっと付いている。
・6歳0ヵ月女児
3歳から人見知りが激しかった。4歳4ヵ月就園後爪噛みと目パチパチのチックが出、家ではしゃべるのに幼稚園では喋らない、活動に参加せず固まってしまう。
初診時入室するとずっと同じ所に立ったままで誘っても座らなかった。
6歳1ヵ月
入室して座卓の傍に座る。運動会の練習で母が「どれか一つをやれば良いよ」と言っていたら太鼓を練習した。公園では他児に「貸して」「いいよ」と言えるように成った。
6歳2ヵ月
「今日は」と言いながら入室。幼稚園で仲良しが出来てこそこそ話している。「さよなら」と言って退室。
6歳4ヵ月
集団行動には参加しない。
6歳7ヵ月
お遊戯会ではステージに上がる前ははしゃいでいたが、上がったら固まってしまった。親友とは喋れるように成った。
・6歳1ヵ月女児
幼稚園で当番の際に皆の前で言わなきゃいけない事や発表会で台詞を言えない。普段は担任や仲良しとは耳元で囁くように話す。園長先生や男児とは喋らない。恥ずかしがり屋。5歳半頃には爪噛み、目パチパチ、「んっんっ」と言う音声チックがあった。
1ヵ月後、未受診。
・7歳3ヵ月女児
幼稚園の頃から普段はお友達や先生と話せるが、お誕生会発表会で人の前に立つと声を出せなく成り、泣いたり固まってしまう。人見知りがあり近所の人とも上手く話せない。就学後もクラス内発表で泣いてできなく成り、全校発表会ではステージで固まった。
7歳4ヵ月
小2に成って新しい担任に自分から話し掛けるが「声が小さい」と言われた。
7歳6ヵ月
コンビニで近所のおじさんと楽しくお話できた。
7歳7ヵ月
みんなの前で喋る時はドキドキしちゃうけど少しずつ良く成っている。先生から「声が大きく成ってます」と言われた。運動会は参加できた。
7歳9ヵ月
クラスでの発表は自信が付いて来た。
8歳0ヵ月
発表会の劇では大きな声で台詞を言えた。
8歳9ヵ月
3年に成ってクラスでの発表は積極的に挙手して当ててもらってちゃんと出来ている。
9歳2ヵ月
特に心配ない。
10歳5ヵ月
5年生に成って普通に学校生活している。
・10歳9ヵ月男児
小1途中(7歳3ヵ月)に移った支援級では喋るが、交流クラスでは集団行動に参加するも喋らない。元々大人しく人見知り、引っ込み思案、チックがある。
1ヵ月後、受診なし。
・13歳9ヵ月女児
2年前に過呼吸のために急にパタンと倒れて救急搬送された。生真面目で上がり性。
小6の終わりに先生に当てられて答えられずにいたら、「何で喋んないんだ」と叱責されてから喋らなく成った。
中1に成っても学校では喋らない、家では家族友達と普通に喋る。学校ではカードでコミュニケーションしているが、「何で喋らないんだ」と言う先生もいて辛い。給食を食べなく成った。
1ヵ月後、未受診。
話さない子6人
・5歳0ヵ月女児
アメリカで出生、両親邦人。3歳8ヵ月帰国時は日本語を話せなかった。今の日本語は母から見て70%。幼稚園では話せなく人前に立つと固まる。発表会の朝「行きたくない。みんなの前に出るのが嫌だ」と言い出した。性格は気が強く、感情の起伏が激しく、拘りが強い。
5歳1ヵ月
雪遊びで先生に誘われて皆の中に入った、結構喋るように成った。母は「図星を言えると気持ちが楽に成った」と述べた。
5歳2ヵ月
母に甘えて「ママやって」が増えたが、「ママ疲れたでしょ、休んで良いよ」と労ってくれる事もある。参観日では登り棒は登れたが、よさこい踊りでは固まって立っていた。
5歳3ヵ月
友達との会話は増えたが未だ英語の方が流暢。
5歳4ヵ月
母が弟に先に声掛けたら「ママ私の事嫌いなの」といじけた。
・9歳10ヵ月女児
入室して児に「何年生?」「何組?」と声掛けても黙ってこちらをじっと見て恥ずかしがる風は無い。「お母さんに訊いても良い?」と言うと黙ったまま横目で母を見、母は話し出した。
就学後、保育園学校で喋るのは少しあるが、教室や大勢の所では黙りこくってしまう。自分の世界に入られるのが極端に嫌で、「何してるの?」と覗き込まれるのも嫌がる。母からすればそんな事と思う事を拘って何日も気にする。頑固な位真っ直ぐな性格。
母に“我慢作り”“安心作り”を説明したが、母は「でも」を連発し受け入れない様子だった。
1ヵ月後、来院しなかった。
・10歳0ヵ月女児
就学後、友人と喋るが先生とは喋らない。3年生から登校拒否。ドリル宿題はやり成績は心配ない。来る友達と良く喋り遊んでいる。
学びの教室は週1回行き、先生に訊かれると母に囁く形で返事をしている。
家庭訪問で来る担任の場合は母に囁くのはしない。筆者が話し掛けると黙っていて恥ずかしがる様子は無い。
1ヵ月後
筆者が児に話し掛けるとやはり母に囁き、母に通訳させニヤニヤして不遜な目付きで黙ってこちらを見ていた。 母によれば「やろうと決めた事はきちんとし、頑固な所もある」との事。
・10歳5ヵ月女児
幼稚園では先生と喋っていたが、就学後学校で喋らないでホワイトボードを使っている。家では話す。話す友達は一人だけ、その父母とは話す。お店屋さんでは母に小声で話し店員には喋らない。頑固で妥協しない性格。
1ヵ月後、受診なし。
・10歳11ヵ月女児
就学後、先生とは話さないでホワイトボードを使っている。勉強について行けず小3から支援級。今は友達と話している所を先生に見られると黙って仕舞う。
家ではよくしゃべっているが新規場面では喋らない。母が「どうして喋らないの?」と質すと『面倒くさい、無理』とはっきり言う。
頑固で切り替えに時間が掛かり、癇癪を起すと物を投げる、人を叩く、奇声を発する。
11歳1ヵ月
癇癪が減り、切り替えが早く成ったが、先生とは話さない。
11歳5ヵ月
喋るのは恥ずかしいと言う。
11歳7ヵ月
喋らない事に関して「出来ない、無理、死ね」と嘯く。
12歳4ヵ月
変わらない。
・15歳7ヵ月女児
中学に入ってから家族とは話すが、家の外では話さない。学校では先生とも級友とも話さない。偶に来る親戚の人とも喋らない。性格は頑固、しないと決めたらしない。
1ヵ月後、未受診。
考察
不安のために話せないのでは無く、信念を持って話さない子が44%と半数近くも居ました。
不安ではない子が半数近くも居たとしても、たった16人の調査では如何ともし難いと言う人はいるでしょう。
しかし、精神医学の教科書や精神疾患の診断基準では緘黙(選択性緘黙)を不安症としているのですから、本研究の結果にはそれなりに意義があると考えるべきかと思われます。
さて、不安の場合は幼児に多く、信念の場合は学童に多かったのは何故でしょう。
不安を持ちやすい子は繊細で感じ易いですからストレスやプレッシャーを人一倍感じ易く、その時オロオロオタオタしてしまい冷静に落ち着いて対策を講じるのが難しく成ってしまいます。幼児期は未だ他者視点で以って物事を考える事、つまり自己対象化の能力が未熟なために、また、人生経験が浅いために困った時の対応法を上手く作れないのです。
ですから、話したい、或いは話さなければならないのに話せなく成ってしまうのです。
信念を持てば誰でも自分のやりたい行動を追求します。幼児期は言わば囲いが広い、つまり規則や決まり事が緩いためやりたい事を比較的し易い環境です。所が、学校は幼稚園より囲いが狭い、つまり規則や集団行動での規制が強く成るために我の量の多い子はやりたい事がやりたいようにできなく成り、ために反発したり恨んだり自棄のやんぱちに成って、言わばストライキを起こしてしまいます。ですから、「話さない」と心に決めて話さなく成ってしまうのです。
発症時期判明の14人では環境変化を契機とした子が79%と多くを占めた点は、不安にしても信念にしても性格がより個性的であるため自分の周りの状況変化に敏感だから、と言えましょう。
引用文献
1)野村総一郎,樋口輝彦.標準精神医学.東京:医学書院,2006.
2)Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、DSM5.2013.
3)石川 丹:子育て親育ち読本I・II・III~子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを目指して“好い事作り療法”からのお薦め~.社会福祉法人楡の会,2014~17.
4)楡の会ホームページ:発達研究センター報告38「“安心作り”で良く成った神経症・心身症の子ら31人」
5)楡の会ホームページ:こどもクリニック通信33「我慢分別の心を育むための良い子意識の育ち」