(42)楡の会発達研究センター報告、その42(2019年8月)
2019.08.26

R君の“その子語”~R君語から日本語への発達過程~

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楡の会発達研究センター報告、その42(2019年8月)

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R君の“その子語”
~R君語から日本語への発達過程~

石川 丹  小林麻里子  田野準子

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本文章は、田野の助言に応じてR君の母である小林が記録したR君語の発達を、石川がまとめ論じたものです。

序論

1)げきぜつ、宇宙語、ユニーク日本語
意味の分からない外国語をげきぜつと言います。500年前、渡来した南蛮人なんばんじんがしゃべるポルトガル語は、当時の人々には、百舌鳥もずもず)が騒がしくさえずり合っているように聞こえたからです。
現代、幼児がしゃべる所謂いわゆる宇宙語は大人には何を言っているか意味が分からないため言葉の遅れと映ります。
日本語はアカサタナ~~の五十音を日本語的に組み合わせて発音する事によって成り立っていますが、宇宙語は、日本語的ではない五十音の組み合わせに加えて日本語にはない母音子音が発音されるために、日本語の五十音のみを発音し理解する大人には分かりにくく聞こえるのです。ですから、ユニークな子ども日本語と言う事が出来ます。

2)赤ちゃんの喃語なんごは母国語にない母音子音を含む
日本語にはない母音子音を発するのは赤ちゃんであれば普通です。と言うのは、どの国の赤ちゃんも母国語にはない母音子音を発する事が出来るからです。赤ちゃんの喃語を大人はちゃんと真似して言えません。それは赤ちゃんの喃語には日本語にはない母音子音が多く含まれるので、日本語を聞き慣れ喋り慣れている大人は簡単には真似できないのです。
どの国の赤ちゃんも生後毎日あめあられのように母国語ばかりを聞かされている内に、生後10ヵ月以降には母国語にない母音子音を段々に忘れてしまって、段々に母国語のみを発するように成るのです。母国語の発音が出来るように成った後の1歳頃から大人に分かる意味のある赤ちゃん言葉を発するように成るのです。

3)“その子語”
宇宙語は大人に取って言い間違いなのですが、その子にとってはそれがベストなのです。大人には分からない言葉を発しているという点では天才的で独創的な言葉と言えるのです。
ですから、わけが分からないとして否定的に接するのではなく、優れた才能と評価して宇宙語と言う言い方ではなく、その子独特の独創的な日本語として、あるいは世界でたった一つの言葉を編み出していると考えて、“その子語”と称する事が妥当に成ります。
“その子語”を発する子の親御さん達は「かつぜつ(せりふや台本をなめらかに発声する事)が悪い」とよくおっしゃいますが、これは宇宙語と言って否定的に言う言い方より、子どもの現状を肯定的に捉えている言い方と思われます。
英会話の発音が流暢りゅうちょうでないとブロークンイングリッシュと言う言い方があります。ブロークンと言う言葉には「下手へた」と言う意味に加えて「破れかぶれ」と言うニュアンスがありますので、ブロークンイングリッシュと言う場合には「必死にしゃべってる、頑張ってるんだあ」と言う肯定的意味が含まれています。
“その子語”の場合は、独創的で世界で唯一の言葉を正々堂々としゃべってると解釈する訳ですから、ブロークン日本語と言う言い方はしません。
“その子語”をしゃべる子は、生まれながらに発する事ができていた母国語にはない母音子音を忘れないでしっかり覚えている才能がある、と言えましょう。

4)外国人は五十音をうまく言えない
渡辺京二のバテレンの世紀と言う本によると、ポルトガル人宣教師は日本語に難渋し、信者の告白を聴くのに6年以上、日本語で説教できるようになるのに15年以上も掛かったそうです。日本語はポルトガル語よりゆっくりですから、彼らは日本語をげきぜつとは言わなかったでしょう。
堀田善衛の小説スフィンクスを読むと、主人公の菊池をフランス人は「キキッティ」とか「ティティッキイ」、ドイツ人は「キキューヒ」、エジプト人は「ティアハティチ」と呼んだそうです。また、アメリカ人は小林を「コバヤスキー」と言うそうです。

5)言葉の遅れを心配される子の“その子語”
1~3歳で言葉の遅れを心配されて当院を受診する子の親御さんに“その子語”の意義を説明して「“○○ちゃん語辞書”を作って下さい」とお願いすると、多くの子で“その子語”を発しているのが明らかに成ります。
子どもの言葉の遅れを心配する人の多くは言葉の量の少なさで判断し、言葉の質の高さを評価できません。日本語の量が少なくても質が高ければいずれ日本語をペラペラ使いこなせるように成ります。この点についてくわしくは文末の文献を参照して下さい。

R君語から日本語への発達の道筋

1)マンマン・マンマンマン(1歳0ヵ月)→マンマンマ(1歳6か月)→パップマ・マンマンマンマン・パンマン(1歳7か月)→アンパンマン(2歳0か月)
2)アンマンマ・パンマ(1歳2か月)→パップマ(1歳6か月)→プンム(1歳10か月)→アウ―・アゥ(2歳0ヵ月)→ご飯(2歳6ヵ月)
3)ガッガ(1歳6か月)→ガックニャ(1歳10か月)→ガックニャ・ガッコ(2歳0か月)→抱っこ
4)ウウア・アアウ(1歳8か月)→ハーヨー(2歳1か月)→オアヨー→お早う
5)ッカーイロ―(1歳11か月)→カイウー・カーイヨー(2歳0か月)→ホッカイヨ→ホッカッド(2歳9か月)→北海道
6)ドッターキッキッキヨ(2歳6か月)→ドッターキッキッキヨイエヨー→キーロイキンカンセン→キイロイシンカンセン(2歳8か月)→ドクターイエロー
7)プピパ・ピピパ(2歳8か月)→スミッパ→スイッパ(2歳9か月)→スリッパ
8)アメーママ→カメーママ(2歳8か月)→カメーナナ(2歳10か月)→カメーダーダ→仮面ライダー
9)イヤエーユ(1歳11か月)→イヤエーヤ・イヤイーヤ(2歳0か月)→プラレール
10)ガッカンニャ(1歳10か月)→カーィ(2歳2か月)→オコァエイ→お帰り
11)ヒヤッ(2歳0か月)→ヌメタイ→チュメタイ(2歳10か月)→冷たい
12)キカシ(2歳3か月)→キッカッセン(2歳6か月)→シッカッセン(2歳9か月)→シンカンシェン」(3歳0か月)→新幹線
13)プマ(1歳9か月)→ンマ→ごみ(2歳0か月)
14)テッテッテュー(1歳10か月)→イッテラシャイ→行ってらっしゃい(3歳7か月)
15)トファフフフ→ブーブー(1歳10か月)→トーマス(2歳8か月)
16)カッカッカ(2歳0か月)→ヌミキイ→フミキイ(3歳0か月)→踏み切り
17)パーブーブー(2歳0ヵ月)→パーブーブーポイ→塵収集車
18)パーポー(2歳1か月)→パコカー(2歳6か月)→パトカー(3歳1か月)
19)パパイ(2歳1ヵ月)→パッパーイ(2歳2か月)→乾杯(4歳0ヵ月)
20)ポッポ(2歳2ヵ月)→キシャポシュポシュポ(2歳6か月)→汽車ポッポ
21)グゴ(2歳2か月)→リゴン→りんご
22)アタタ(2歳2か月)→アチャチャン→赤ちゃん(2歳8か月)
23)ピカ(2歳5か月)→ノミカ→トミカ(2歳10ヵ月)
24)ボーボーシャ→オーボーシャ(2歳6か月)→消防車
25)オワツ→オユツ(2歳7か月)→お熱(2歳8か月)
26)ゴソマシャ→ゴシソーママ(2歳8か月)→御馳走様
27)ププーン→シュプーン(2歳9か月)→スプーン
28)シュー→ブブイダ→すべり台
29)チチヨ(2歳0か月)→苺(2歳1か月)
30)ニューニュー(2歳1か月)→牛乳(3歳1か月)
31)パーポー(2歳1か月)→救急車(2歳4か月)
32)ブボ→ブボォ(2歳2か月)→ぶどう
33)アート(2歳2か月)→ありがとう(3歳7か月)
34)ママヤ(2歳3か月)→ただ今
35)イージー(2歳6か月)→人参(3歳3か月)
36)エーシャ(2歳6か月)→電車(3歳0ヵ月)
37)ブブボバ(2歳7か月)→ブルドーザー
38)クッチューオーワイ(2歳8か月)→こちょばい
39)バガゴ→卵(2歳9か月)
40)シッカイッテ(2歳9か月)→しっかりして
41)アシュミツ(2歳10か月)→蜂蜜
42)パッペッポーン(2歳11か月)→じゃんけんぽん
43)オパシ→お終い(2歳9か月)
44)ジャーボーブ→大丈夫(2歳9か月)
45)イシアエー→召し上がれ(3歳0か月)
46)シーカクー→静かに(3歳6か月)
47)キミナース→行って来ます
48)クチワ→竹輪
49)キューコシテ→急行列車
50)ボバ→ロバ
51)ドーギーグ→ボーリング

多くの子どもの五十音修得順

1) マ、パ、バ行
両唇音と言い、唇だけで発します。閉じた口を爆発させるように開く事によって発っせら
れるので爆発音とも言います。生後10ヵ月頃から言うように成ります。
2) タ、ダ、ナ行
舌先を上前歯の歯茎はぐきに押し付け後で瞬間的に離す事で発っせられます。
3) カ、ガ行
舌の奥を持ち上げて下ろす時に出る音。うがいの時の音。
4) ハ行
声門がこすられて出る音。
5) サ行
上前歯の裏に舌先をくっ付けて隙間すきまから空気をらす事で出る音。4歳半までちゃんと言
えない子は結構いるものです。
6) ラ行
舌先を上歯茎にこすってはじくようにして出す音。正確に言えるように成るのは4歳半以降で
す。

R君の五十音修得状況

1歳0か月:マ、ン、1歳1か月:デ、タ、ウ、ネ。1歳2か月:ア、パ。1歳6〜9か月:ウ、バ、プ、カ、ガ、ト、フ、ブ。1歳10か月:ク、ニ、テュ。1歳11か月:イ、ヤ、ユ、ロ。2歳0か月:チ、ヌ、ヒ、ヨ。2歳1か月:コ、ハ、ポ。2歳2か月:ト、グ、ゴ。2歳3か月:キ、コ、シ、ショ、ス、チャ。2歳6か月:シャ、セ。2歳9か月:ホ。2歳10か月:チュ、メ。3歳5ヵ月:リ。3歳7か月:ラ。
R君の4歳未満における五十音の修得順は他の子に比べてすごく個性的、各1音の修得は速
い方でした。

1歳6ヵ月児が発する言葉の順位

1歳6ヵ月児800人の調査によると、発する言葉のベスト・テンは1位ワンワン、2位パパ、3位ママ、4位バイバイ、5位マンマ、6位ブーブー、7位ニャンニャン、8位ネンネ、9位イタイ、10位チョウダイでした。
名詞が7割で、挨拶あいさつ語、形容詞、要求語が各一つです。
発音に注目するとパパ、ワンワン、ニャンニャンなど1~2音節の繰り返し、つまり単純な発語が9割を占め、チョウダイの異音節組み合わせは10位の一つのみでした。
尚、保健センターでの1歳6ヵ月健診の際、有意語が5語以下だと「言葉の遅れが心配です。2歳時にまた来て下さい」と言われます。

言い間違いのタイプ

1)省略
カ→ア(赤→アア)、サ→ア(皿→アラ)、タ→ア(鯛→アイ)
2)置換
ライオン→ダイオン、魚→タカナ、牛→ウチ
3)歪み
取って→トゥって
微妙に違って聞こえる音なので五十音では表記できない場合が多いのです。「トゥ」の発
音は英語にはありますが日本語にはありません。
4)添加
積み木→ツミキリ、自動車→ジンドーシャ

R君の個性

1歳代のR君語は、「アンパンマン」がマンマン・マンマンマン(1歳0ヵ月)→マンマンマ(1歳6か月)→パップマ・マンマンマンマン・パンマン(1歳7か月)、「ご飯」がアンマンマ・パンマ(1歳2か月)→パップマ(1歳6か月)→プンム(1歳10か月)、「抱っこ」がガッガ(1歳6か月)→ガックニャ(1歳10か月)、「お早う」がウウア・アアウ(1歳8か月)、「塵」がプマ(1歳9か月)、「行ってらっしゃい」がテッテッテュー(1歳10か月)、「トーマス」がトファフフフ→ブーブー(1歳10か月)、「お帰り」がガッカンニャ(1歳10か月)、「北海道」がッカーイロ―(1歳11か月)、「プラレール」がイヤエーユ(1歳11か月)の20語でしたが、その内の同じ音節の繰り返しが含まれた語は11語、つまり5割と少ない状態でした。
従って、R君語は単純では無く、省略、置換、歪み、添加が凄く個性的に組み合わされていたので、凄く独創的だと言う事に成ります。
また、R君は1歳に成り立ての頃にはR君語でアンパンマンと言うキャラクターの名を言っていた事、また、1歳代後半にはお早う、お帰り、行ってらっしゃいの挨拶語、塵と言う抽象性の高い語、抱っこと言う要求語、北海道と言う地名、などレベルの高い語を言っていたので、R君語の質は高く、R君の本質的言語能力つまりコミュニケーション能力は凄く優秀だと言えます。
こうした質の高い“その子語”をしゃべっている子は3~4歳には上手な日本語に発達するはずである事をR君は教えてくれました。

“その子語”への対応

言葉の遅れを心配して受診して来る子どもが“その子語”を発している場合は親御さんに以下のように説明します。
先ずは、上述のように“その子語”のすぐれた点を説きます。
そして、“その子語”を日本語に訳して意味を理解しようとすると意味の分からない宇宙語に成ってしまうので、“その子語”を直に理解するよう努めて下さい。
言葉は言葉尻で理解されるとは限りません。言葉は文脈で理解される場合もあります。庭の木を見ながら「くも」と言ったら虫の蜘蛛と理解され、空を見上げながら「くも」と言ったら雲と理解されます。これが文脈理解です。
子どもに“その子語”を教わるつもりで解釈して下さい。
“その子語”の意味理解を進めるためには“その子語辞書”(個別には○○ちゃん語辞書)を作るのが有効です。“その子語”の意味を理解したら直ぐに書き留めて下さい。例えば、ボバ=ロバ、ドーギーグ=ボーリング、キューコシテ=急行列車、ジャーボーブ=大丈夫、キミナース=行って来ます、などメモして来て見せて下さい。
“その子語辞書”を見せてもらって“その子語”の質の高さを把握し、親御さんには「~~したら日本語が増えますよ」と言葉掛けの仕方をお教えし、親御さん自らが子どもに対してする言語療法を促します。
言い間違いを指摘して正しい日本語を教えようとする時は、お母さんお父さんは“その子語”をそのままおうむ返しし、それから正しい日本語に言い換えて言って下さい。
何故かと言うと、子どもが“その子語”を発した時に直ちに、例えば、「ドーキング」と言った時に直ぐに『ボーリング』と言い返すと、子どもは頭ごなしに否定された、通じなかったと思い“その子語”をしゃべる意欲が薄れます。外人さんに英語で話し掛けた時に通じてないと思ったら、誰だって英語で話し続けるのが恥ずかしく成ります。
言葉の学習はしゃべらないでは不可能です。“その子語”をお父さんお母さんがおうむ返しすると子どもは通じた、分かってもらえたと思いますので心がなごみます。そうしておいて『ボーリング』と言い聞かせると子どもは「パパ(ママ)がボーリングと言ってるんだから、僕(私)もボーリングと言おう」と意欲が高じて言い直しに応じるのが増えます。おうむ返しすると「君の気持ちはパパ(ママ)は分かってるよ」を伝える事に成るからです。つまり受容している事を子どもに伝えられた形に成るからです。
楡式“好い事作り心理療法”は子どもの心の中に“分かってもらえてる感”を作る事が一番の基本です。

文献

石川 丹、末田慶太朗:親子精神療法が奏効したイ列吶の3歳児.臨床小兒医学53:107-
109,2005.
石川 丹:音韻の心理発達.小児科臨床61:2063-2069,2008.
石川 丹:奥舌の筋緊張亢進によると考えられた音韻障害の1改善例.小児科49:1939-
1942,2008.
石川 丹:子育て親育ち読本I ~子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを目
指して“好い事作り療法”からのお薦め~. 札幌:楡の会発達研究センター出版部,2014.
石川 丹、田野準子:子育て親育ち読本II ~子どもの好ましい行動を育てるための親力
アップを目指して“好い事作り療法”からのお薦め~. 札幌:楡の会発達研究センター出版部,2014.
石川 丹:子育て親育ち読本III ~子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを
目指して“好い事作り療法”からのお薦め~.札幌:楡の会発達研究センター出版部. 2017.
石川 丹:その子語:幼児の独創的錯語.小児科臨床70:1312‐1318,2017.
石川 丹:発話の遅れの治療と挽回‐3歳未満初診49例‐.小児科臨床71:227‐232,
2018.
石川 丹:発話の遅れの挽回‐3歳以降初診14例‐.小児科臨床71:542‐547,2018.