(43)楡の会発達研究センター報告、その43(2019年11月)
2019.11.07

続・音韻の発達
~音声学・音韻プロセス・音韻練習・その子語の研究~

こどもクリニック 石川 あかし

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目次
I 音声学
II 音韻(構音)の発達
III 音韻プロセス(言い間違い、吶音、錯語)
IV 音韻練習
V その子語の研究:幼児の独創的錯語

初めに

音韻おんいんとは言葉を発する時の語音の造り方、つまり発音の仕方を言い、構音とも言う。
3歳頃までの子どもは大人の発する言葉を聞いて学んでしゃべるように成る。見て学ぶ文字言語は3歳以降であるので、3歳頃までは聞いて学ぶが言語の唯一の習得ルートである。
さて、どの国の赤ちゃんも母国語にはない母音子音を発する事が出来る。だから、母国語の母音子音しか発音できない大人は赤ちゃんの喃語なんごを正しく真似して言えない。
どの国の赤ちゃんも生後毎日あめあられのように母国語ばかりを聞かされている内に母国語にない母音子音を段々に忘れてしまって、段々に母国語のみを発するように成る。母国語の言葉をしゃべれるように成ると言う事は廻りの人がしゃべる言葉を聞いて学び修得するからである。
日本の多くの赤ちゃんは聞いて学んだ日本語音韻で1歳頃にはマンマ、ママ、パパ、ブーブー、ワンワンなどの初語を発するように成る。
本稿では日本語の五十音の音韻発達、言い間違い、正しい音韻への練習方法、独創的音韻であるその子語について詳しく述べる。

I 音声学

1 音声器官(以下、小文字のアルファベット、ʒ、ɲ、ʤ、ʧ、ʔ、çなどは発音記号です)

1)気流機構(肺)
横隔膜を収縮させて下げ肋骨筋を収縮させて肋骨を持ち上げることにより胸腔を拡大すると、肺内部の空気が希薄になって肺内部の気圧が外気圧より低くなるため空気が肺に流入する。逆に、横隔膜がゆるみ肋骨が下がると肺内部の気圧が高くなり空気が流出する。
2)発声機構(喉頭こうとう
左右一対の声帯の間の隙間すきまを声門と言う。声門を適度にせばめて、その間から呼気(吐く息)を通す事で声門にある左右一対の声帯ヒダを振動させて音源(これを喉頭原音と言う)を発生させる。これを発声と言う。
声帯で出る音、喉頭原音は単なる「ブーン」という振動音である。左右の声帯が完全に開いている時や密着している時は声は出ない。
声門閉鎖音;声門を密着させると呼気は止まってしまうが、呼気が気圧を増して急に声帯を押し分けて流出すると発生する音を言う。驚いて発する「あっ!」の、ʔっ、である。
声門摩擦まさつ音;声門がある程度狭められると呼気の流れが周囲とこすれ合って摩擦が生じて出る音を言う。h、はしhaʃiで起こる。
有声音;hの場合よりさらに声門が接近すると気流は声帯を振動させ、いわゆる「声」が起こる。声帯振動を伴う音声を有声音と言う。bブ、dド、gグ、mム、nン 、ɲニュ、ŋング、wウ、zズ、ʒジュ、jイユ、ʣヂ、ʤヂュ、rラ。
無声音;声帯が密閉しているか完全に開いているために声帯が振動しない所謂いわゆる「声」の伴わない音を言う。声帯を振動させずに、のどの奥や口蓋、歯列などに対して舌を操作したり、唇を動かして出る音声。pプ、tト、kク、ɸフ、sス、ʃシュ、çヒ、hフ、ʦツ、ʧチュ。
3)口・鼻腔作用(口腔、鼻腔)
呼気は声門を出た後口腔か鼻腔を通る。この気流の方向を決定するのが軟口蓋で、自然に呼吸している時は軟口蓋が下がっていて呼気は鼻腔を通る。発声の際多くは気流は口腔を通る。気流が鼻腔を通過する場合を鼻音あるいは鼻音化音と言う。
bとmの違いは軟口蓋の位置だけで、呼気が口腔を通るとb、鼻腔を通るとmが起こる。dとn、gとŋが同様の違いを有する。m、n、ŋが鼻音である。
4)調音作用(唇、ほお、舌)
口腔を通る気流のさまたげ方と妨げ位置によって喉頭原音を共鳴させ違った音声を作り出す作用を調音(構音)作用という。調音の仕方(調音法)、調音の位置(調音点)がある。音声は気流の妨げられ方によって子音と母音に分類される。
子音;気流を完全に止めるか、摩擦が起こるように呼気を妨げるかによって生じる。調音法と調音点を基準として分類される。
母音;気流が子音ほど妨げられない時に生じる。声道の形によって決定される。

2 子音

1)調音法(調音の仕方):気流の妨げ方
閉鎖音;口腔のある位置または喉頭(声門)で完全に気流を止めて、それから一気に呼気を開放する。p、b、t、d、k、g、ʔ(以上を破裂音という)。鼻音m、n、ŋは鼻腔を通って流出するため急激に呼気が開放される訳ではないので破裂音と言わない。
有気音・無気音(p、t、kの場合);pinの場合のpでは息の破裂を伴うので気音と言い、
phと表示し有気音と言う。spinではpに気音が無くpと表示し無気音と言う。英語ではp、
t、kは語頭では有気音、sの後では無気音になるが、日本語では英語ほど気音にはならな
い。
摩擦音;呼気が極めて狭い通路を通る時、空気の流れが周囲とこすれ合って摩擦が生じる。f、θ、s、ʃ、h、ɸ、ç、v、ð、z、ʒ、ɦ、β。
破擦音;気流を一時的に止め徐々に開放すると起こる。閉鎖音と摩擦音が組み合わさった音。ʦ、ʧ、ʣ、ʤ。
流音;気流が摩擦を起こさない程度まで妨げられ始めると出る音、巻きじた。l、r。
わたり音;w、j。
2)調音位置:気流を妨げる位置
唇音;唇の作用で形作られる音
唇閉鎖音;両唇を閉鎖して作り出される。両唇音、無声p、有声b、m。
唇摩擦音;両唇を近づけてその間に呼気を通す。両唇音、無声ɸフ。
唇歯摩擦音;下唇と上の前歯を使って呼気の通路を狭める。f、v。
歯音;舌先と上の前歯を使って呼気の通路を閉鎖したり狭めたりする。
歯閉鎖音;t、d(日本語)。
歯摩擦音;s。
歯茎音;舌先と歯茎を使って出す音。
歯茎閉鎖音;t、d(英語)。
歯茎摩擦音;s、z。
歯茎破擦音;ʦツ、ʣヅ、ズ。
歯茎弾音;r。
硬口蓋歯茎音;
硬口蓋歯茎摩擦音;歯茎と硬口蓋の間に位置する舌の両端を使って気流の摩擦を起
こす。ʃシュ、ʒジュ。
硬口蓋歯茎破擦音;ʧチ、ʤヂ、ジ。
硬口蓋音;
硬口蓋閉鎖音;舌の前部(前舌面)が硬口蓋に触れて気流が閉鎖されて出る音。c、ɟ。
硬口蓋鼻音;ɲニュ。
硬口蓋摩擦音;çヒ。
硬口蓋わたり音;気流は閉鎖されない。jイュ。
軟口蓋音;気流が軟口蓋で後舌面(奥舌面)によって閉鎖される。
軟口蓋閉鎖音;軟口蓋が上がって呼気は口腔を通る。k、g。
軟口蓋鼻音;軟口蓋が下がって呼気は鼻腔を通る。ŋ。
軟口蓋摩擦音;「ホホー」と強く発音すると出るホ。x。
軟口蓋わたり音;唇を丸めて舌根を軟口蓋に向けて上げる。wワ。
声門音;
声門閉鎖音;声門が閉鎖された時に起こるので声帯は振動せず、有声声門閉鎖音は
存在しない。「あっ!」のʔっ。
声門摩擦音;h。

音

3 母音

1)舌の高さの度合
高母音i、m。
中母音;e、o。
低母音;a。
2)舌の高い部分の位置
硬口蓋母音(前舌母音);i、e。
中舌母音;a。
軟口蓋母音(後舌母音);ɯ、o、

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II 音韻(構音)の発達

どこの国の赤ちゃんも生後10ヵ月頃までは母国語にない母音子音を発する。日本の赤ちゃんも同じなので赤ちゃんの喃語を親は正確に真似られない。親は日本語の母音子音を使い慣れていて、喃語に含まれる外国語の音韻を使いにくいからである。

1 母音の発達

1歳ごろ、舌を前後にずらすことが不充分なため、すべて舌を真ん中あたりの位置において構音するためどれもaアに近いあいまいな母音になる。ついでaアがはっきりして来て、次にiイ、uウ、最後にeエ、oオがはっきりする。3歳ごろに五つの母音の区別が付くようになる。

2 子音の発達順

口唇音mマ、 pパ、 bバ:生後10ヵ月頃には発するように成る。閉じた唇を瞬間的に開く事で出る音。
歯茎音tタ、dダ、ʧチュ、ʤジュ:舌先を上歯茎の裏側に押し付けた後瞬間的に離す時に出る音。
口蓋音kカ、gガ:舌の奥の方を持ち上げて出す音。
声門音hハ。
歯音sサ・歯茎音ʃシュ:上前歯ないしは上歯茎と舌の隙間から空気を出すと出る音。
歯音ʦツ、 ʣヂ:舌先を上前歯の裏に叩き付ける事で出る音。
歯茎弾音rラ:舌を巻き上げて歯茎をはじくようにして出す音。日本の子ども達にとっては難しく、正しく言えるように成るのが6歳頃の子もいる。

III 音韻プロセス(言い間違い、訥音、錯語)

1 音韻プロセス

音韻発達途上に見られる音の誤り方を分類するカテゴリーを音韻プロセスと言う。発音の誤りを音類や音群といった大きな単位に見られる規則的な音の変化として捉える。音韻プロセスは成長音韻発達に伴って消失して行く。
音節省略      バス→バ
語頭子音省略    パンダ→アンダ
語中子音省略    ゴハン→ゴアン
音位転換      テレビ→テビレ  音節ないし子音の入れ換え
同化
前の音へ同化   トケイ→トテイ(トの後でケと言うべきなのに先のトがタ行のため、それに引っ張られてケがテに成ってしまった)
後の音へ同化   タイコ→カイコ(タと言うべきなのに頭の中のイメージで3文字目がカ行のコのため、それに引っ張られて音韻の1文字目のタがカに成ってしまった)
前方化
歯茎音歯音化   ʃiNbuN→siNbuN  ʃ、ʧ、ʤ→s、ʦ、ʣ
軟口蓋音歯茎音化 ゴハン→ドハン  k、g→t、d
後方化
歯音歯茎音化   サカナ→シャカナ s、ʦ、ʣ→ʃ、ʧ、ʤ
歯茎音軟口蓋音化 デンワ→ゲンワ  t、d→k、g
破裂音化      ハサミ→ハタミ  ɸ、s、ʦ、ʣ、ʃ、ʧ、ʧ、ʣ、r→p、t、d、k
破擦音化      サカナ→チャカナ s、ʃ→ʦ、ʧ
摩擦音わたり音化  ゴハン→ゴワン  ɸ、s、ʃ、h→w、j
流音わたり音化   ラッパ→ヤッパ  r→w、j
非鼻音化      ツミキ→ツビキ  m、n→b、d

2 出現頻度が高い音韻プロセス

同化   トケイ→トテイ tokei→totei
音位転換 テレビ→テビレ terebi→tebire
破裂音化 サカナ→タカナ sakana→takana

3 ダウン症候群の子の音韻プロセスの出現率順位

硬口蓋音化(41%)、破裂音化(11%)、破擦音化(9%)、語中子音省略(9%)、前方化(6%)、音節省略(6%)、非鼻音化(6%)、後方化(2%)、流音わたり音化(1%)。

4 言い間違いの分類1

省略;カ→ア(アカ→アア)、サ→ア(サラ→アラ)、タ→ア(タイ→アイ)
置換;カラス→タラス、サカナ→タカナ、ウシ→ウチ
歪み;微妙に違って聞こえる、表記できないので△印を付ける。
添加;余分な語音がつけ加えられる。積み木→ツミキリ、自動車→ジンドーシャ

5 言い間違いの分類2

声門破裂音;軽い咳払いをする時の音。カ→ア
側音化構音;çヒに近い音を含んだ歪んだ音。s、ʣ、ʃのイ列に多い。シ→ヒ
口蓋化構音;s、ʃ、ʣ、t、dがk、g、çに近い歪み音になる。
鼻腔音化構音;破裂音、摩擦音の際、舌根部が口蓋に当たり呼気が鼻に抜けるイ列、ウ
列がン、クンに近い歪み音になる。
歯間音化構音;歯茎音の際、舌を上下の歯の間に挟んでしまう。 サ→タ

6 吶音とつおん

子音吶(行の言い間違い)
カ行吶:カ行の発音がタ行に成る。カ→タ、キ→チ、ク→ツ、ケ→テ、コ→ト
ガ行吶:ガ行の発音がダ行に成る。ガ→ダ、ギ→ヂ、グ→ヅ、ゲ→ゼ、ゴ→ド
サ行吶:サ行の発音がタ行に成る。サ→タ、シ→チ、ス→ツ、セ→テ、ソ→ト
ザ行吶:ザ行の発音がダ行に成る。ザ→ダ、ジ→ヂ、ズ→ヅ、ゼ→デ、ゾ→ド
ラ行吶:ラ行の発音がダ行に成る。ラ→ダ、リ→ヂ、ル→ヅ、レ→デ、ロ→ド
母音吶(列の言い間違い)
イ列吶:イ列の発音が全部ンに成る。イ→ン、キ→ン、シ→ン、チ→ン、ニ→ン、
ヒ→ン、ミ→ン、リ→ン
ウ列吶:ウ列の発音が全部ンに成る。ウ→ン、ク→ン、ス→ン、ツ→ン、ヌ→ン、
フ→ン、ム→ン、ユ→ン、ル→ン
エ列吶:エ列の発音が全部ンに成る。エ→ン、ケ→ン、セ→ン、テ→ン、ネ→ン、
ヘ→ン、メ→ン、レ→ン

7 さく

神経学では言い間違いを錯誤と言う。
音韻性錯語;音の入れ違い、非実在語、新造語。ケシゴム→ケシモム
形態性錯語;音意味混在、音韻性錯語と語性錯語の中間、音の入れ違い、実在語。
ライオン→タイオン(体温)
語性錯語;無関連錯語;無関連な語への言い違い。イヌ→リンゴ
意味性錯語;意味的に関連のあるカテゴリーとの言い違い。イヌ→ネコ

8 絵カード音韻検査法

子どもに以下の50枚の絵を見せて「これ何?」と問い、答えてもらって言い間違いの仕方を調べる方法。
1, paNdaパンダ 2, pokkettoポケット 3, basɯバス 4, bɯdo:ブドー 5, mameマメ   6, meŋaneメガネ 7, mikaNミカン 8, taikoタイコ 9, toke:トケー 10, terebiテレビ 11, deNwaデンワ 12, naiterɯナイテル 13, nekoネコ 14, ɲiNŋjo:ニンギョー 15, kaɲiカニ 16, koppɯコップ 17, ke:kiケーキ 18, kɯʧiクチ 19, kiriNキリン 20, gamɯガム 21, gohaNゴハン 22, ɲiNņjo:ニンギョー 23, sakanaサカナ 24, soraソラ 25, semiセミ 26, sɯikaスイカ 27, tsɯmikiツミ 28, ʣo:ゾー 29, ʣɯboNズボン 30, ʃiNbɯNシンブン 31, ʧo:ʧoチョーチョ 32, ʧi:saiチーサイ 33, ʤaNkeNジャンケン 34, ʣɯ:sɯジュース 35, ʤiteNʃaジテンシャ 36, ɸɯ:seNフーセン 37, çitotsɯヒトツ 38, happaハッパ 39, hasamiハサミ 40, rappaラッパ 41, robbotoロボット 42, re:ʣo:koレーゾーコ 43, riNŋoリンゴ 44, jakjɯ:ヤキュー 45, jo:ɸɯkɯヨーフク 46, aʃiアシ 47, açirɯアヒル 48, eNpitsɯエンピツ 49, ɯsaŋiウサギ 50, inɯイヌ

IV 音韻練習

言い間違いの治療方法を以下に示す。

1 しゃべりまくるのが第一

どんな学びにも繰り返し学習つまり練習が必須である。
英会話が上手じょうずに成るためには、自分では発音が下手へただなと思っても、めげずにどんどん
しゃべらないと上達しない。
日本語音韻の上手ではない子も先ずは沢山しゃべりたく成る気持ちを育て、しゃべり捲り易い環境を作るのが第一だ。
幼児が聞き取りにくい言葉を発したら、「ちゃんと~~って言いなさい」と言って直させようとすると、子どもは怒られた気がしたり、「ちゃんとしゃべりたいけど、それが出来ないんだよ」とでも思って意気消沈してしゃべりたくなくなってしまい、しゃべるのが減る。だから、誤りはちょくに指摘しない事が肝要である。
先ずはその子が言ってるのを大人はそのままおうむ返しして言う。そうすると、子どもの心に受け入れられている感、受容されている感、分かってもらえている感、安心感、余裕が湧き上がる。その後で「~~だね」と正しい日本語で言って上げると、子ども心に大人の「~~って言うのが良いんだよ」と言う気持ちが通じて、子どもは言い直された大人の言葉を真似したく成る気持ちが湧き上がり、真似して言うので日本語学習が進む。
子どもの分かりにくい言葉を聞いた大人はクイズを出されたと思って、「~~だね」とか言って言い当てる試みをして欲しい。当たれば子どもの表情に安堵感あんどかんが表れるので言い当てられた事が大人に分かる、しかし、言い当てられなかったら子どもの表情が曇る、あるいはえないので「○○だね」と言い直して言って上げるべきである。当たるまで言い方を変えて繰り返すのが子どもを手塩てしおに掛けて育てる事に成る。
また、言葉の理解の方法の一つである文脈理解(空を見上げた人がクモと言ったら雲と理解され、庭の草花を見ている人がクモと言ったら蜘蛛くもと理解される)も駆使くしして子どもが言いたい事を言い当てて上げられれば、つまり、図星を言えれば、子の顔に安心の表情が出る。安心の表情の中身は通じたと思う気持ち、つまり分かってもらえた感である。そ
う成ると、もっと分かって欲しいという気持ちが高じて しゃべり捲りが増え発音練習が
進む。
「~~だね」「~~って言うのが良いんだよ」の~~は手本なのだが、手本は真似したくなる気持ちが生じないと手本として成り立たない。どんな手本も「それってやれそう、やってみよう」と言う気持ちが生じないと手本に成らない。手本を示されても「そんなのできっこないでしょ」と思ってしまったら、手本を真似する気持ちは生じないから手本は絵に描いたもち、無駄玉に成ってしまう。
どんな学びにも始めの内は手本が必要で、手本が手本に成るためには手本を真似する気、やる気を先ず育てる事が肝要かんようである。手本は真似し易く真似し易く提示するのが学びを育てるためには必須である。
大人が子どもの心を読んで“図星を言う”が出来れば、それが子どもにとっては真似し易い手本に成る。

2 サ行を言うのが苦手な子の練習

1)上唇うわくちびるゆっくりめ練習
行吶とつ、つまりサ行がタ行に成ってしまう子の練習方法である。
サ行は舌先したさきを上前歯の裏に置き、舌先を動かさないで空気をらす事で発せられる。タ行に成ってしまうのは舌先の早い動きが得意で舌を動かさないのが苦手だからである。
人間誰でも筋肉細胞には早い動きを担当する細胞と遅い動きを担当する細胞の2種類がある。だから、サがタに成り易い子は遅い動きを担当する筋肉細胞のトレーニングが肝要に成る。
そこで、舌先で上唇をゆっくり舐める練習をする。舌先を上前歯の裏側に叩きつけてしまうために出るタ行の発音を少なくするのが目的である。
親御さんには舐め舐め体操とでも称して、朝晩の歯磨はみがきの後で親子が鏡の前に並んで立ち、親が鏡に向かって舌先で上唇をゆっくり左右に舐める手本を示して、子どもにも真似してもらう。鏡の中の親の舌先の動きを見たり、自分の舌先の動きを見たりしながら舌先を動かす練習をすれば、子どもは面白く成って真似するのが増えて練習が進む。親子対面で親が舌の動きを見せても子は自分の舌の動きを見られないので練習は進みにくい。舌舐め運動が楽しくなるとどこでも、例えば、電車の中でも「見て見て」と言いながらしてしまい、親はえが悪いので折角せっかくの練習を止めさせてしまう事に成る。だから、洗面所で歯磨きの後だけにする習慣を作るのが大切である。
遅い動き担当筋肉細胞の筋トレである上唇うえくちびるめ運動は3歳児でも可能である。
2)「スー」+ア行発声
先ずは舌先を上前歯の裏に付けて「スー」と言う音を出す練習をしてもらう。その後は
以下のように促す。
サ:スーと音が続くように息を吐いている間に親が「アって言って」と言うと「サ」と
言えるように成る。
シ:スーと音が続くように息を吐いている間に親が「イって言って」と言うと「シ」と言えるように成る。
ス:スーと音が続くように息を吐いている間に親が「ウって言って」と言うと「ス」と言えるように成る。
セ:スーと音が続くように息を吐いている間に親が「エって言って」と言うと「セ」と言えるように成る。
ソ:スーと音が続くように息を吐いている間に親が「オって言って」と言うと「ソ」と言えるように成る。

3 ラ行を言うのが苦手な子の練習

先ずは舌先を上歯茎の裏に付けて置いて置く練習する。その後に以下のように促す。
ラ:舌先を上歯茎の裏につけている間に親が「ラって言って」と言うと「ラ」と言える
ように成る。
リ:舌先を上歯茎の裏につけている間に親が「リって言って」と言うと「リ」と言えるように成る。
ル:舌先を上歯茎の裏につけている間に親が「ルって言って」と言うと「「」と言えるように成る。
レ:舌先を上歯茎の裏につけている間に親が「レって言って」と言うと「レ」が言えるように成る。
ロ:舌先を上歯茎の裏につけている間に親が「ロって言って」と言うと「ロ」と言えるように成る。

4 カ行を言うのが苦手な子の練習

1)舌圧子ぜつあつしを使った練習
舌圧子と言うのは医師が患者さんののどの奥をる時に舌を押さえるへら状の物である。以前は金属製で使うたびに消毒していたが、今は木製で一回毎ごと使い捨てなので沢山用意されていて、気楽に親御さん達にプレゼントできる。
カ行は舌の奥を持ち上げる事で発せられる。舌先が上がってしまうとカ行がタ行に成ってしまうカ行吶になってしまう。だから以下のようにする。
カ:親が子の舌の前から半分位までを舌圧子で抑えて「カって言って」と言うと「カ」と言えるように成る。
キ:親が子の舌の前から半分位までを舌圧子で抑えて「キって言って」と言うと「キ」と言えるように成る。
ク:親が子の舌の前から半分位までを舌圧子で抑えて「クって言って」と言うと「ク」と言えるように成る。
ケ:親が子の舌の前から半分位までを舌圧子で抑えて「ケって言って」と言うと「ケ」と言えるように成る。
コ:親が子の舌の前から半分位までを舌圧子で抑えて「コって言って」と言うと「コ」と言えるように成る。
舌圧子は熱が出たり咳が出て小児科に行くと子どもが「おえっ」とさせられる道具なので、小さな子では嫌がる場合が多い。だから、4~6歳以上の課題学習に応じられる子でないと実施できない事がある。
2)うがい
カ行がガ行は舌の奥の方がグッと盛り上がる事で出る音である。嗽の時に出るガーガー音のガなのでカ行ガ行の練習は嗽に尽きるのだが、嗽は年少さんでは難しい。

V その子語の研究:幼児の独創的錯語

1 はじめに

その子語とは幼児の独創的錯語である。本項ではその子語の言語発達的意義を研究する。

2 能記所記のうきしょき

言葉を介したコミュニケーションの成立には言葉そのものだけではなく文脈理解も必要である。また文章理解に当たっても行間を読む事が重要である。
これらが重要である訳は能記所記1)は必ずしも一対一対応せずに一対多の場合があるからである。能記とは表現するもの、つまりある規則にそくして発声される五十音のまとまりで、所記とは表現されるもの、つまり意味である。
一つの言葉は必ず一つの意味を持つと言う訳では無く、一つの言葉が幾つもの意味を持つ場合があると言う事である。こうした能記所記の一対多対応の場合の言葉は抽象性が高い事に成る。
言葉の学習初期にある幼児の場合「ゴニョゴニョ何か言ってますが、まるで宇宙語で訳が分からず困ります」と親御さんをして否定的に言わしめる子がいる。現代人は通じない場合を宇宙語と言うが、500年前に渡来した南蛮人がしゃべるポルトガル語や幕末に黒船に乗って来た人の英語は、当時の人々には百舌鳥もずもず)が騒がしくさえずり合っているように聞こえたので、意味の分からない外国語はげきぜつと言って軽蔑した。
言語学にのっとれば、聞き取りにくい言葉を発する子は日本語にはない能記を様々に発していると言えるので、筆者は、その子特有の非日本語的能記を発する子はその子独特の世界でたった一つの言語をみ出している、と肯定的に評価してその子語1~5)と称している。
その子語はその子だけがしゃべる一種の方言であり、個別的にはA子ちゃんなら“A 子ちゃん語”、B君なら“B君語”と称されるべきものである。

3 言葉の恣意性しいせい

60年前の子どもは「全然」と言う副詞は「全然駄目だ」などその下に打ち消しの言い方や否定的な意味の語が続く場合に使うと小学校で教えられた。しかし、段々に「全然良い」など肯定的な言葉を続けて言う人が増えている。時代と伴に言葉の使い方が逆に成っても間違いでなく成る事があり、これが言葉の恣意性である。つまり、言葉は絶対的に能記所記がつながっているわけでは無いし、音韻と意味の結び付きが決まり切った事でも無い事を意味する。
また、間違った言い方で本来は通じないはずの言葉も多くの人が承認すれば通じる事に成る。例えば、美味おいしい食べ物を食べたタレントが「うまい」と言うべきなのに受けをねらってわざと「まいうー」と間違って言うのを聞いた人の多くは、当初「変な言い方をして変だよなあ、困ったもんだ」と批判的に思うが、タレントが繰り返し「まいうー」と言っている内に、人々も乗ってしまって「まいうー」と言うようになり、本来間違った言い方が定着してしまうのは言葉に恣意性があるからである。
その子語を収集し恣意性を考慮して分析すると、その子語には突出した独創性とすぐれた知恵を認める事ができる。

4 その子語から日本語への道

その子語をしゃべる子の親御さんに対して筆者は、「分かりにくくても先ずはお母(父)さんがそのままおうむ返しして言い、その後に子どもが言おうとしている事をあれこれ考えて日本語に言い直して言い当てる工夫をして下さい。そうすると子どもは受け容れられている、分かってもらえているのが分かるので、言い直された日本語を言う気持ちが高まり、正しい日本語を言えるように成るのが増えます」とお伝えしている。

5 方法

言語論の成書によれば/韻障害は省略、置換、添加など1音節の言い違いによって説明されるが、その子語と称するその子独特の能記には2音節以上の言い違いの方にこそ独創性が発揮されているので、本稿では単なる1音節の言い違いではなく2音節以上の場合を検討する。

6 対象

言葉の遅れを主訴として来院した子の内、精神遅滞、口蓋裂、難聴、/脳/性麻痺などの神///経疾患ではない/子のその子語を収集分析した。

7 結果

a.収集できたその子語は以下である。
1) 音韻性錯語:新造語としてのその子語
パパウ・アングーグ・ガーガーゴー→ハンバーグ こんこん→卵 あまもやき・まよやき→卵焼き おおてぃ→お水 チップ→チューリップ ぼこち→みかん ごんごん・あかごんごん→りんご いぼう→葡萄ぶどう たったんぼう→桜桃さくらんぼう ビービービー→ブルーベリー マーナンムル・パッパップー→パイナップル いちごダキー→苺ケーキ アクムリ→アイスクリーム ギャギイギイ→牛乳 グルグル・トートトー→ヨーグルト ケチャチャ→ケチャップ はちちゅ→蜂蜜 ええええ→煎餅せんべい まみゃ→豆 あっと→納豆 あっぷん→昆布 げんた・いいしゃ・いえんしゃ→電車 ちょうぼうば・ちょうぼうた→消防車 ちゅうちゅうた・きてぃちゃ→救急車 パパー→パトカー ごみちゅうちゅうしゃ→ごみ収集車 トダッタ→トラック ビービーオーブ・リービー(車の本を見ながら)→? あっき→飛行機 ボロボロケ→ロケット ハベテッタ→エレベーター どうつぐ→動物 ニンニン→キリン チンシンさん→ペンギンさん とおとお・だあ・ううわおん→父 がんが→母 キャキャ→パパ アンカかん→サンタさん アンクンクン・アンアンアン・アンカカ・アンパー・バッパーマン→アンパンマン バッチ→バイキンマン テテンちゃん→ドキンちゃん ペロペロチちゃん・メロンカンカかん→メロンパンナちゃん いぴいちじゅ→名犬チーズ トパチュ→トーマス ダエモン・モーモン→ドラエモン チィチィちゃん→キティちゃん オーエンジャ→インフルエンザ みじゅぽっぽ→水鉄砲 ガガンガガ→シャボン玉 じょうど→粘土 おだだくちい→お片付け ぶっぱあ・びっぱあ・しゅっしゅ→出発 ああもう・くいぽぽ・ちいぽぽ→買い物 がっこ・うんく→おんぶ ももしし→もしもし すべだいり→滑り台 いいこう→成功 あんしゃ→雨 アイル→トイレ だんだん・だだだん→電池 あった→電気 ティヨーン→ティシュー カギー→スプーン つったあ→靴下 やんやんま→雪だるま ちいちい→元気 ほもに→鯉幟こいのぼり ききさん・おちゃぱぱ→お月さん まよ→太陽 はけはあん→たけちゃーん になれっこ→にらめっこ いいぱいいぱ→けんけんぱー おけけけ→お出掛け あだかかなあ→まだかなあ あけかあ→駄目だあ だっだあ→やって あじじゃ→貸して いみる→見える ぱどう・あっぱい・ぱえゆ→食べる あそぷう→遊ぶ あいだあ→有った わ→嫌だ おおあい・ちょ・だい→頂戴ちょうだい いいかあ→出来た べったった→ぶつかった いっかっか→行っちゃった あっけけ→待ってて ううしい→美味おいしい おいちない→美味しくない ううはい→うるさい ああやだあ・あゆまとう・あたたとう・あいちょっと・ありまとうた・あっこ・あっとう・いやと・おっとと・だいとう・だっとう→有難う あいとごわした・ありとうあいました→有難うございました こいわ・ほんひわあ→今日は はにょう・ほーよー→お早う おじゃあしいっ→お邪魔します あんまんま・うんぱぶ・いいたあす・いいます・いたっきまあ・いったっだあ・いたませう・たったあしゅう→頂きます ごちたまさん・ごっぱ・ごっこ・ごっこかあ・ごっこま・ごっとまあ・ごっとうたま・ごっちょう・あっばあ→御馳走ごちそうさま 行っちゃい・行ってあっしゃい・行ってかかっかあい→行ってらっしゃい いっけけかあく→行って来まあす バッパイ・アウアウ・アジャイ・ババイイ→バイバイ ちゃあみい・おだつび→お休み おいちみんさい→お休みなさい おとまたせ・おかかけ→お待たせ、かったあちぇ→いらっしゃいませ どいじょ→どうぞ ばあばりい→頑張がんばれ まんまんちぇ・まんがって→頑張って あばじゅう・はいぽおぷ・だめどぶ・べえべえぶ→大丈夫 あああちゃあちゃった→あああ食べちゃった おおああかいばい→お腹一杯 いいだい→用意どん いっこきかかこう→一緒に遊ぼう ちゃあちゃあおいにい→母さんおいでえ ビビびがい・テービたあい→テレビ見たい もべえ・いいちゃい・あやあ→もぅ一回 まあちょ→丸描いてちょん うすちゃった→うさちゃん居た こおいいええ→これ良いねえ がっかん→かっこ良い なんこう→何これ ななたたの→何やってるの ふんふん→これなあに
2) 形態性錯語:意味が違ってしまうその子語
おとこなき→お好み焼き かっこいい→かきごおり ヒモツイター→ヘリコプター うんち→運転 じゅうたいじじい→駐車禁止 はし→歯ブラシ おべんきょう→望遠鏡 おまんじゅう→押しくら饅頭まんじゅう おもい→きつい しいしい→開けて のろった→直った いや→行こう つながれた→疲れた つかまれた→捕まえた おにわ→今日は かあさん→お利口さん ふとっちゃうよ→二つあるよ

3) 意味性錯語:空想性文学性含蓄ある表現なので意味解釈可能なその子語
デイケア→カレンダー アオカー→パトカー 雪まある→雪だるま シャボンわ→シャ
ボン玉 ないない→仕舞しまう いんや→違う

4)擬音語擬声語に相当するその子語
ウーカー・ウーウー→パトカー カンカン→消防車 ドドドー→ブルドーザー パオー→電車 カシャ→カメラ チョッキン→はさみ パッチン→シートベルト ドーン→花火 ピア・ピッピ→鳥 パウ→象 バウワウ→犬 ミャア・ニャオニャオ→猫 バキなった→こわれた コンコンパカア(卵を割る時)

b.それぞれの子による様々なその子語
1)11種:ああやだあ・あゆまとう・あたたとう・あいちょっと・ありまとうた・あっこ・あっとう・いやと・おっとと・だいとう・だっとう→有難う
2)9種:ごっぱ・ごっこ・ごっこかあ・ごっこま・ごっとまあ・ごっとうたま・ごっちょう・ごちたまさん・あっばあ→御馳走様
3)7種:うんぱぶ・いいたあす・いたっきまあ・いったっだあ・あんまんま・いたませう・たったあしゅう→頂きます
4)5種:アンパー・バッパイ・アウアウ・アジャイ・ババイイ→バイバイ アンクンクン・アンアンアン・アンカカ・アンパー・バッパーマン→アンパンマン
5)4種:おおあい・ちょ・てー・だい→頂戴 あばじゅう・はいぽおぷ・だめどぶ・べえべえぶ→大丈夫 アオカー・パパー・ウーカー・ウーウー→パトカー
6)3種:おにわ・こいわ・ほんひわあ→今日は パパウ・アングーグ・ガーガーゴー→ハンバーグ ああもう・くいぽぽ・ちいぽぽ→買い物 ぶっぱあ・びっぱあ・しゅっしゅ→出発 げんた・いいしゃ・いえんしゃ→電車 ちょうぼうば・ちょうぼうた・カンカン→消防車 とおとお・だあ・ううわおん→お父さん ぱえゆ・ぱどう・あっぱい→食べる もべえ・いいちゃい・あやあ→もう一回

8 経過の紹介4人

1) 3歳5ヵ月J君
言葉の遅れがあり、テービたあい→テレビ見たい、行っちゃい→行ってらっしゃい、のJ君語がある。戦いごっこではジェスチャーで相手に演出する。
“J君語をおうむ返ししてから日本語で言って聞かせる、図星を言う”2~5)を母に説明した。
3歳6ヵ月:J君語が増えた。いーちゃい→もう一回、いーかあ→できた、いーこー→成功、いぼう→ぶどう。
3歳7ヵ月:まんまんちぇ→頑張って、いーたい→やりたい、など新たなJ君語が出た。母の言葉掛けのしょう(真似して言う)が上手に成り、字を読み、絵本をゴニョゴニョと読んでいる。
3歳8ヵ月:日本語が増えた。
3歳11ヵ月:J君語は無く成り、日常会話は日本語で普通に良くしゃべるように成った。
2)4歳2ヵ月K君
言葉の遅れが主訴、K君語は、パパー→パトカー、ごみちゅうちゅうしゃ→塵収集車。
4歳4ヵ月:新たなK君語は、ないない→仕舞う、バキなった→壊れた、はいぽおぷ→大丈夫、いいたあす→頂きます、ごっとうたました→御馳走様。日本語では「こないだ保育園でじいちゃんばあちゃんの所(老人ホーム)に言った」と言った。
4歳5ヵ月:言葉を間違えると「違った」と言い、「モルモットみたいだね」と直喩ちょくゆ比喩ひゆ、例え)も言う。
4歳7ヵ月:言葉がポンと増えて良くしゃべるように成り、母は「もう安心です」述べた。
3)Y君語から正語への変遷過程
3歳9ヵ月から4歳2ヵ月までの5ヵ月間における幼稚園のY君担任の小山内先生への呼び方は、おかかいけっけ→おさないせんせえ→おかかいけんけ→おかないけんけん→おしゃいしぇんしぇ→おかかいけんけ→おさないせんせい、の順に紆余曲折うよきょくせつした後に正しく定着した。
4)その子語を発していたが就学後は英語中国語を流暢りゅうちょうにしゃべるS君
言葉の発達を心配されて4歳3ヵ月時初診、バナナを月と言うおんはあるが直喩「~みたい」は未だない。平仮名の五十音を読み自分の名を書く。シーツをかぶって「お化けだぞお」と言って成り切り遊びをする。
S君語は、たんぼぶし→ダンゴ虫 おべんきょう→望遠鏡、おまんじゅう→押し競饅頭 なつつ→なまず ボロボロケ→ロケット ビイバ→ミイラ ミロン→リモコン になれっこ→にらめっこ こぼられた→こぼれた つながれた→疲れた つまがれた→捕まえた のろった→直った スレレチャル→スペシャル、であった。
4歳5ヵ月:おとまたせ→お待たせ、楽しろかった→楽しかった、などS君語が増えた。
4歳10ヵ月:日本語が増えた。
5歳2ヵ月。S君語消失。母の口調を真似して言ったり、わざと間違えて母や父に「えーっ?」と言わせる。
5歳4ヵ月:絵本を上手に読む。
5歳7ヵ月:平仮名で書く単語が増えた。
6歳1ヵ月:「~みたいだねえ」を言う。
7歳3ヵ月(小一3学期):漢字を読む。
8歳0ヵ月(小二の冬):発音良く英語で数を数える。
8歳9ヵ月(小三2学期):漢字は学年相当の読み書き可能。
8歳11ヵ月:ローマ字の読み書きをマスターする。
9歳0ヵ月(小三の冬):iPadで英語中国語のアプリを見て流暢にしゃべる。
9歳3ヵ月:ジングルベル、ドレミの歌を英語と中国語で流暢に歌う。
9歳6ヵ月:日本語も上手に成り取り留めもなくしゃべる、自分の気持ちを言葉で上手に説明できる。
9歳9ヵ月:自分で「~我慢しよう」と言って自己説得できる。日本地図にはまって地図上の都道府県名を正しく言い、各地の名産も覚えて教えてくれる。
9歳11ヵ月(小四2学期):中国語英語がどんどん上手に成って簡単な会話ならできる。3ヵ国語で歌うレパートリーも増えた。

9 考察

乳児の喃語なんごには日本語にはない母音子音が沢山含まれている。だから大人は正確に真似出来ない。生後10ヵ月以降は日本語の母音子音が増える。生まれた後は日本語を毎日雨霰あられのように浴びせ聞かされて来たからである。
1歳頃には口唇音に基づく「マンマ」「ブーブー」など日本語の音韻による初語を発する。
幼児が日本語をしゃべるように成る過程は日本語にない母音子音を失って日本語の五十音の構音を残し日本語としての流暢さを学び取る過程である。
言葉の発達の早い子は日本語にない母音子音を忘れるのが早いので日本語習得が早く成ると言えよう。言葉の遅い子は日本語にない母音子音を中々忘れないために非日本語的なその子語が出現し易く成ると言えよう。
ちなみに、言葉の遅れのある2~4歳児の中には「取って」を「トゥッテ」と言う子がいる。「トゥ」と言う発音は日本語にはなく英語の発音である。りんごを「Apple」と流暢りゅうちょうに、ありがとうを「Thank you」とthの発音を正しく言う子もいる。乳児期に発していた日本語に無い母音子音をしっかり覚えているから、と言えよう。
その子語には日本語にない母音子音も含まれるために日本語の母音子音しかしゃべられなく成っている大人には分かりにくく成るのである。
日本語の五十音の構音は発音場所と発音方法の違いによって形成される。発音場所によって口唇音、歯音、歯茎音、硬口蓋音、軟口蓋音、声門音と称され、発音方法によって子音は破裂音、通鼻音、摩擦音、破擦音、弾音と、母音は小開き音、半開き音、大開き音と称される。従って、発語音声は6種の発音場所と8種の発音方法の組み合わせによって形成される。
構音の誤り、つまり音韻障害は上記6×8の組み合わせの誤り、つまり音節や子音の省略ないしは置換、音節の逆転や添加によって生じる。
例えば、バスをバと言う音節の省略、御飯をゴアンと言う子音の省略、魚をシャカナと言う置換、作るをクツルと言う逆転、自動車をジンドウシャと言う添加など1音節の誤りであるなら聞いて誤りが分かり易いが、2音節以上の場合は分かりにくく成る。
本稿では分かりにくければ分かりにくい程、前頭葉に置ける表象ひょうしょう(イメージ、言葉で表現できない思い)が豊かであり、所記の発達に対して能記の発達が追い付かない状態と肯定的に考えて分析した。
日本語音韻には無い母音子音を含んだ喃語を発していた乳児は生後10ヵ月頃に成ると口唇音m、p、bが可能に成る。次いで歯茎音t、d、ʧ、ʤ、口蓋音k、g、声門音h、歯音s、歯茎音ʃ、破擦音ʦ、ʣ、弾音rの順で発達する。
構音の確立年齢は普通m、b、p、t、d、n、k、g、w、j、h、ç、ʧ、ʤ、mj、bj、pj、kj、gi、çjは4歳、s、ʦ、z、ʃは5歳、ʣ、rは6歳である。普通の子が五十音を全て正しく言えるように成るのは6歳である6)。
DSM-5(アメリカ精神医学会精神疾患診断基準)の語音症の記載では、英語の発音ではよ
り遅い発達段階で習得される“遅れの8音”つまりl、r、s、z、th、ch、dzh、zhの発音
が間違えられ易い、と言う。
伊藤7)は3~6歳の子に西瓜の絵を見せながら「スキカ」と言って聞かせた時に言い間違いを指摘できた子の割合を調べた。その結果は3歳で20%、4歳では25%に過ぎなかったが、5歳では75%に増え、6歳で100%であった。3~4歳では多くの子が正確な音韻意識を持っていない事を明らかにした。大人は音韻が正確ではないと通じないと断定してしまうが、3~4歳の子どもは正確な音韻でなくても分かり合ってコミュニケーション出来ていると言えよう。
意味性錯語を発する子は発想、着眼点のユニークさと優れた類推能力を発揮している。カレンダーを「デイケア」と言う子はデイケアに行く日をカレンダーで確認する習慣があるからである。パトカーを「アオカー」と言う子は何らかの方法でフランスのパトカーを見て印象深かったのであろう。何となればフランスのパトカーは赤色灯点滅ではなく青色灯だからである。「雪まある」と言った子は雪だるまを見てだるま→丸いと、「シャボンわ」と言った子は玉→丸→輪と類推したのであろう。仕舞えば無く成るのだから仕舞うを「ないない(無い無い)」と言ったのは合理的である。だから言葉の恣意性を認めて肯定的に評価すべきである。違うを「いんや」と言ったのは分かり易い意味性錯語である。
擬音語擬声語を発する子は感性文学性の豊かな子である。「バギなった」と言う子は物が壊れた時にバキッと言う音を聞いて印象に残ったのであろう。「ドドドー」と言う子はブルードーザーの迫力を感じて表現したと考えられる。
因みに、擬音語擬声語擬態語はフランス語では数語だが日本語では3000はあると言われている。アメリカ人は英語の擬声語の方が感性に響いているからこそ犬の幼児語を「バウワウ」、猫のそれを「ミャア」と言うのである。日本語の言葉が遅れていても発音良く英語をしゃべる子は珍しく無く、そう言う子は英語の方が感性に合っていて言い易いからである。
一つの意味に対応するその子語の多様性を認めた語、つまり一つの日本語に対応するその子語が様々に認められた語は「有難う」11種、「御馳走様」9種、「頂きます」7種、「バイバイ」5種、「頂戴」4種、「今日は」3種であり、挨拶語が圧倒的に多かった。その子語を編み出す子は日本語発語が遅れていても心的にはコミュニケーション意欲が著しく旺盛おうせいである事を示唆していると言えよう。
紹介した4人目のS君は幼児期には日本語にしか接する事が無かったので苦手な日本語能記を中々使いこなせずにその子語を編み出していたが、学童期に成ってiPadを介して英語中国語に興じる機会が増えたため、元々の語学的才能が花開いてトライリンガル(trilingual、三カ国語話者)に育ちつつあると言えよう。
その子語を発する子どもの親に対して筆者は例えばC君なら「C君の分かりにくい言葉はC君独特の世界でたった一つの独創的な言葉でC君は一種の方言を編み出している才能があると考えて下さい。お母(父)さんは今は通じにくくて困っていますけど、お母(父)さんはC君語辞書を作って取り敢えずはC君語を教わって下さい。日本語に訳そうとすると難しいですがC君語を直に理解しようとすると何を言いたいか分かって来ますので、分かったら直ぐその意味をノートにメモして下さい。C君語は独特なので直ぐにメモしておかないと意味を覚えていにくいですから、ノートを持ち歩いて直ぐメモって下さい。C君語には日本語に無い母音子音も含みますから、五十音では書き表しにくい場合もありますけど、頑張ってメモって下さい。メモが増えればC君語辞書が出来て来てC君語の理解が進みます。私にもC君語辞書を見せて下さい。見せてもらえたC君語辞書を参考にして日本語を伸ばす方法をお教えします。C君がC君語を言ったらお母(父)さんは先ずはそのままおうむ返しして言い、その後でC君語辞書を参考にしながら正しい日本語で言い直して言って上げて下さい。そうするとC君は自分の言葉が通じたと思い、その後に聞いた正しい日本語を真似して言おうとする意欲が高まって、段々C君語が日本語に近づいて行って結果的に日本語が増える事に成ります。お母(父)さんが始めから理解できないというふうに振る舞ってしまうと、C君は通じないと思ってしまって苛々いらいらしたり怒ったりして、もうそれ以上C君語さえしゃべる意欲を無くしてしまいます。また真似したく成る手本が出されなく成るので日本語学習の機会も減ってしまって日本語習得が遅れてしまうのです。」と説明教示している。
この説明内容は親が子どもを受容している事を先ず子どもに伝え、その上で真似し易い手本を提示して日本語学習を進めようとする心理療法であり言語療法である。「君のやり方は全然駄目だからこうしなさい」と言うふうに関わる否定先行ではなく、「君のやり方で良いんだけど~~した方がもっと良いよ」を子どもに伝える受容先行の心理療法の真髄しんずいが上記の説明には込められている。

10 まとめ

幼児期に日本語が苦手なために言葉が遅れている子の中にはその子独特の独創的であったり、直ぐには理解しにくい錯語、つまり言い間違いを発する子は少なくない。
そういう子の言葉を筆者はその子語と称して肯定的に評価し、その上で子どもの日本語の発達を促すような関わり方、つまり言語療法を親御さんにお教えしている。
2音節以上の言い間違いによるその子語を収集した所、その数は235に及んだ。
最も多様であったのは挨拶あいさつ語であった事から、その子語をしゃべる子は日本語は苦手でもコミュニケーション意欲が旺盛おうせいであるからこそ、その子語をみ出していると考えられた。
意味性錯語を呈した子では類推能力の高さが、新たな擬音語擬声語を編み出した子では感性文学性の豊かさが示唆された。
経過を紹介した4人目の学童期に成ってトライリンガル(trilingual、三ヵ国語話者)の様相を呈したS君からは、本来語学的才能があるからこそ幼児期にその子語をみ出していたと考えるべきである事が示唆された。
幼児期初期にその子語を発する子のほとんどは長じて5~6歳には日本語を正しく発するように成る。

11 引用文献

1)石川 丹:音韻の心理発達.小児科臨床61:2063-2069,2008.
2)石川 丹:好い事作り療法事~困った行動をする子と親の仲を取り持つ発達カウンセリング~.第4回;言葉とコミュニケーションを促す方法.チャイルドヘルス13:130-132,2010.
3)石川 丹:子育て親育ち読本I ~子どもの好ましい行動を育てるための親力アップを目指して“好い事作り療法”からのお薦め~.札幌:楡の会発達研究センター,2014
4)石川 丹:子育て親育ち読本II.札幌:楡の会発達研究センター,2014.
5)石川 丹:子育て親育ち読本III.札幌:楡の会発達研究センター. 2017.
6)中西靖子ら:構音検査とその結果.東京学芸大学特殊教育研究施設報告1:1‐41,1972.
7)伊藤友彦:構音、流暢性に対するメタ言語知識の発達.音声言語医学36:235‐241,1995.

VI 参照

楡の会HP発達研究センター報告1,2005年「出生時体重448gの幼児の音韻障害の改善過程に関する考察」.
楡の会HP発達研究センター報告2,2005年「イ列吶の3歳児への親子心理療法」.
楡の会HP発達研究センター報告18,2008年「音韻の発達~宇宙語・『その子語』から日本語へ~」.
楡の会HP発達研究センター報告42,2019年.「R君の“その子語”~R君語から日本語への発達過程~」.